7114 フーディソン:日本の社会課題「情報の非対称性」に生鮮業界で挑む by宇佐見聖果

2023年9月14日

フルレポートのダウンロードはこちらから

7114 フーディソン レポート_230627

はじめに

漁協は農協をモデルにして作られた。そうした例をはじめ、水産業界の進歩は農業業界の10年遅れなのだと創業者の山本徹氏は主張する。同社が創業したのは2013年4月。その頃、ベンチャー投資が活況になり始めていた農業業界の一方で漁業の世界へ挑もうとする企業はほぼ皆無であったという。そうした環境下で立ち上がった同社は、共鳴する業界関係者を仲間に巻き込みながら事業を育ててきた。創業から10年。新規参入企業が徐々に増え、また2020年には70年振りに漁業法が、卸売市場法が16年振りに改正されるなど少しずつ変革の動きがみえはじめた漁業業界で、これまで絶え間なく積み上げてきた同社の事業が、さらに一段高い影響力を発揮していく、そうしたタイミングに今ある。

■代表取締役CEO 山本徹氏

出所:同社HP

水産業界の課題に向き合う

山本氏は同社を創業する10年前、同僚4名で株式会社エス・エム・エス(東証プライム2175)を立ち上げた。そこで携わったのは、介護業界に存在していた情報の非対称を解消するための情報インフラを作るビジネス。夢中で取り組む内、エス・エム・エスは立ち上がりから5年でIPOを果たす成長を遂げた。仲間と共に事業が軌道に乗るまで尽力してきた山本氏はこのタイミングで、次は自らが主体となって人生を掛けられる事業を0から作り上げたいと考えた。新しいビジネスの種を模索する中で山本氏は、水産業界における情報の非対称性を目の当たりにする。前職でやってきたことを次はこの場で実践できるのではないか、と考えた山本氏は使命感と共に同社を立ち上げる。現在、同社が行う事業はいずれも、水産業界が抱える課題の解消を目標にしたもの。まずは同社が捉える水産業の課題について確認していきたい。

コミュニケーションが分断されている

「水産流通は指揮者のいないオーケストラだ」と山本氏はよく表現する。流通の川上、川中、川下の各作業が分断され、コミュニケーションが不足しているために、僅かなトラブルが表出した途端に階層間で不満が噴出しやすい。足が早い漁を扱う産業だからこそ、そうした構造が固定されている側面もあるという。

人的オペレーションが高度に発達した仲卸の現場

食品流通全体の粗利が平均10%前後とされる中、魚の仲卸業者(卸売市場内で卸売業者から仕入れ、市場外の小売業者や飲食店に卸す業者)が得る粗利は平均して30%程度、その内の殆どが人件費に充てられているという。全国の中央卸売市場における水産物取扱高の内およそ35%を占める東京都中央卸売市場、さらにその大半が集まる豊洲市場は仲卸業者がひしめき合う場。限られた土地面積の内、各社にあてがわれる1区画分の活動スペースはせいぜいワンルームマンション程度の広さ。狭い空間で業務の規模化や効率化を図る余地はなく、必然的にどの業者も人的オペレーションにほぼ全ての作業を頼るしかない現状があるという。

生産者が負担を負うことで成り立ってきた流通システム

仲卸業者が高い利益を得ている一方で、消費者に提供される魚の価格は総じて安く、足が速いため特売になることも多い。物流内で価格決めがバランスを崩してしまっている状態だが、この負担を生産者が負うことで本来であれば持続可能ではないはずの流通システムが長年継続してしまえている実態があるという。

■生鮮流通における取引コストの実態

出所:同社資料

国家が動き始める

水産業界の現状を確認しておきたい。水産庁の統計によると、鮮魚の国内生産量はピーク時の1984年と比べて現在は約3分の1に減少しており(表1)、比例して国内消費量も減少(表2)。沿岸漁船漁業を営む経営体の年間販売金額は300万円以下が6割を占め(表3)、漁業就業者数は減少(表4)。資源管理手法のまずさから特定の魚について漁獲量が減少している(表5)現象も起きている。

■(表1)漁業・養殖業の生産量の推移

■(表2)食用魚介類の1人1年当たり消費量の変化(左)
■(表3)沿岸漁船漁業を営む個人経営体の販売金額の内訳(右)
  

■(表4)漁業就業者数の推移

出所:水産庁「令和3年度 水産白書」

■(表5)管理手法による漁獲量の比較

出所:水産庁「水産政策の改革について(令和5年4月)」

少しずつ、しかし確実に衰退の一途を辿ってきた国内水産業界。多様な課題を抱えながらも、足が早くかつ一定の場に留まらない魚を扱う漁業は農業に比して改革が難しい領域であり敬遠もされてきた。しかし2017年、国は「新たな「水産基本計画」」を策定。水産資源を十全に活用していける環境構築へ向けてとして取り組みを開始した。そして2020年、卸売市場法が17年振りに、漁業法が70年振りに改正される。特に、卸売の場における非効率性の排除を主旨に置いた卸売市場法の改正は、同社が掲げるビジョン「生鮮流通に新しい循環を」の実現を後押しする力を持つと言えるだろう。

■水産政策の改革の全体像

出所:水産庁「水産政策の改革について(令和5年4月)」


出所:農林水産省「卸売市場法改正により期待されるビジネスモデル」を参考にリンクスリサーチ作成

縁もゆかりもなかった水産業界

全くの未経験だった分野で事業を立ち上げた山本氏。業界にネットワークも知見もなかった同社が、内向き体質とも言われる水産業界へどのように参入し、成長してきたのか。そのステップを辿っていきたい。

まずは店を開く

第一段階として山本氏は、業界内のネットワークとコネクションを持てる環境を作るために魚屋を出店することにした。出店先を探していたところ、山本氏の友人が運営する直売所のスペースを一部提供してもらえることに。埼玉日高市高麗に所在するその直売場の一角に出店した魚屋を営むこと2ヶ月弱。その間に魚市場との取引を通じ、魚流通ネットワークへ入っていくための糸口を作った。

ネットワークに入り込んで異例の早さで仲卸営業権を取得

2ヶ月弱の小売り経験の中で得たサプライヤーネットワークを頼りに山本氏は次のステップとして、業界の関係者に面談をこぎつけ、自身の主張を聞いてもらう場を作っていった。一番初めに出会ったのが当時水産物卸売業で最大手であった大都魚類(1962年に東証第二部上場、2022年にマルハニチロの100%子会社となり上場廃止)の社長。面談を経て懇意の仲となった大都魚類社長の口利きが大きな効力を発揮し、創業から3年も経たない異例の早さで大田市場水産物部の仲卸営業許可を取得。この権利が、その後同社が成長していくための礎となる。

社外取締役の知恵を全力で引っ張り出す

同社の成長を後押しする一つに、2人の有力な社外取締役の存在がある。1人は、山本氏のかつての同僚であり共に創業したエス・エム・エスの代表取締役社長を10期まで務めた諸藤周平氏。もう1人はエムスリー(東証プライム上場)代表取締役の谷村格氏、山本氏が1時間プレゼンをしたその場で出資と社外取への就任を承諾してくれたという。彼らとのミーティング時間は月に1~2時間。その場で山本氏は毎回、全身全霊をかけて協議事項を2人にぶつける。山本氏の熱意に応えて彼らは、戦略レベルから施策レベルまで一気通貫した非常に解像度の高いアドバイスをくれるという。

なお、諸藤氏は、同氏が代表を務める会社が同社の大株主である関係性から、より高いガバナンス体制を構築するためとして2023年6月末を持って退任し、代わってベネッセ非業務執行取締役の福武英明氏が就任予定とのこと。

■同社の経営陣(2023年6月時点)

出所:同社資料

事業の中核は物流の拠点

同社の事業運営の中心地は、ビルの中のオフィスの一室ではなく大田市場内に使用権利を持つ敷地。ここで物流から製造、配送までを一貫して行う。水産業界の物流改革に挑む同社が自前で構えたこの拠点で、いかに工夫し効率化を追求していけるか、それが事業の要となる。

誰も目を向けていなかった場所を確保

青果取引の中心地である大田市場で、水産物の取扱量は全体の内1.6%。魚の仲卸業者であれば豊洲市場を活動の場として選択することが業界内の常識である中、大田市場内水産物部はまるでゴーストタウンのようだったという。同社はこのチャンスを逃さなかった。使用されていなかった敷地を引き受け、必要な機材を導入することで効率化を進める。その結果、今では人員オペレーションのみでは実現し得ない1日に1,000件以上の出荷が可能に。購買量に応じてプライシングする仕組みも取り入れて販売価格の適正化も実現しつつある。

■自社開発の摘み取りシステム(左)、自動計量器(右)

出所:同社資料

仲卸市場を駆け巡る情報をデジタル化

効率化を進める中でも同社が特に力を入れてきたのは、日々場内を飛び交う情報を活用する仕組み化。工夫の末に独自開発のソフトウェアを作り上げた。場内で口頭やFAX、LINEなどでで  交わされる魚の入荷情報を入手したら直ちにデータに落として自社の運営サイトへ掲載し事前販売を行う。魚が市場へ到着する前に売買が終了し、在庫のリスクを持たずに取引が成立。さらに、データに落とした入荷情報は全て産地×種類で分化して集計。このシステムを発展させ、将来的には株式市場のように全国に一つだけの魚の卸売相場が形成されている世界を目指す。

■生鮮食品をオンラインで取り扱い可能にした独自開発ソフトウェアの各機能

出所:同社資料を基にリンクスリサーチ作成


出所:同社資料

2023年8月、拠点を拡張

同社が大田市場内に構える拠点は現在8割程度の稼働率で運営しているが、これに加え、2023年8月からは新たな場所での稼働も予定している。2ヵ所目の拠点となるのは、大田市場から自転車で3分の場所に設備込みの居ぬきで確保したより広いスペース。これまでスペースの限界から取り扱いができなかった肉や野菜等の生鮮食品についても量、種類ともに増やす予定としている。

水産物流の課題に切り込む3つの事業

ここで、同社が手掛ける3つの事業についてみていく。

BtoBコマース 「魚ポチ」

「魚ポチ」は、ネットで魚を注文するBtoBサイト。注文者が早朝に豊洲へ赴く手間を省けることをウリにしているこのサービスを利用するのは、主に中小規模の飲食店。配達は独自に構築した配送網を使い、一都三県であれば深夜3時までの受注に対して翌営業日までに配達を完了。それ以外の地域への配達はコストの観点から現在独自配送網をテスト中で、現時点では宅急便を使用している。将来的には一都三県のオペレーション強化に加えて一都三県以外では例えば地域ごとにアライアンスを組み利便性を高めるなどの方法を取り入れて、より多重な成長曲線を作っていくことを目指す。

販売する魚は、1ヶ月間の取引実績を踏まえて翌月分をプライシング。加えて、顧客の利用度合いに応じて3段階のマージン率を設定している。今後、販売データが蓄積していくことでプライシングが益々最適化していくと見通す。将来的には、取引の総量が一定の規模を超えるようになった段階からボリュームディスカウントの導入も視野に入れている。

10年前に立ちあげた「魚ポチ」が収益性のある事業にまで成長したのはようやく最近。10年間行ってきたのは、買い手のニーズに対して売り手を探してマッチさせていくことの繰り返しだった。小規模から開始し、限られた出荷スペースで採算性を測りながら少しずつキャパシティを広げてきた。ようやく採算が取れるようになった現在、ウェブマーケティングのみで十分な集客が行えるまでに知名度も伴うようになった。

■「魚ポチ」注文画面のイメージ

出所:同社資料

BtoCコマース 「sakana bacca」

同社はこの9年間で都内9カ所に消費者向けの魚屋を出店し、現在その全てを直営で運営している。展開しているのは都心の駅構内や主要な駅の近く。1年に1~2店舗の出店を進め、一定の認知が確立できた後に広がる事業展開の可能性を見据えている。購買層が拡がれば、提供する魚を全て適正価格で値が付けられるようになる。賞味期限の長い加工商品を大量に生産販売する環境も整えることができる。「魚ポチ」と「sakana bacca」で多様な販路を確保し、生産者が安定した収入を得られる環境の構築を見据える。

■sakana bacca豪徳寺店(左)、新橋店(右)
  

■sakana bacca 出店の経緯

出所:同社HP他各種情報

HR事業 「フード人材バンク」

「フード人材バンク」は、魚を扱う人材に特化した人材紹介サービス。20億弱の規模を持つ国内人材紹介マーケットでも、魚に特化した人材紹介サービスはニッチ過ぎるあまりに同社が開始する以前は存在していなかった。顧客は主に大手の飲食店やスーパー。魚コーナーの工夫の在りようによって集客数が変化するスーパーにとって魚を扱う人材の採用は重要な業務であり、10店舗以上の規模を持つスーパーとはかなりの率で取引を行っているという。

同社はHR事業を、同社が提供するプラットフォームの一機能として、日常の流通を通じて必要な支援業務を当てていく役割として位置づけている。スーパーには現状「魚ポチ」を使うようなニーズはないが、人材紹介サービスを通じて繋がることでマネタイズをしながら顧客ネットワークを構築していける。HR事業を通して繋がった顧客に対して流通事業を提供していく手段を作り、事業を差別化させていける。事業間の掛け算による会社成長を見据える。

人材はウェブマーケで経験者を集めており、sakana baccaの店長も多くが同社社内からの紹介で構成されているという。

■事業系統図

出所:同社資料

業績

■売上高および営業利益率(通期)

■事業別の売上高

出所:同社開示情報を基にリンクスリサーチ作成

利益率の変動要因

同社の営業利益率を左右するものとして、売上総利益率とOPEX比率(販管費から減価償却費を除いた費用)の2つに分解される。

事業毎の売上総利益率はBtoBコマースが30%程度、BtoCコマースが40~45%、HRが100%となっており、各事業の売上高の構成割合に応じて全体の売上総利益率が決定する。2021年3月期から2023年3月期にかけては事業ミックスにおけるBtoBコマースの比率が上昇し、そのため全体の売上総利益率は低下の推移にあった。2024年3月期以降は人員の確保に伴いHR事業の売上が順調に増加していく予想で、それに伴い売上総利益率は上昇し2025年3月期時点で35‐37%を見込んでいる。

■売上総利益率

出所:同社開示情報を基にリンクスリサーチ作成

OPEX比率は、増収に伴う稼働率上昇の効果で年々改善が進んでいる。2023年8月に予定されている新拠点の開設後はコストが増加するため2024年3月期は同数値の改善が一時的にストップするが、新拠点の稼働が軌道に乗る2025年3月期以降は改善の軌道に戻り2025年3月期時点で28‐30%を見込んでいる。

■OPEX比率

出所:同社開示情報を基にリンクスリサーチ作成

利益目標

2024年3月期は拠点の拡張に伴い投資の増加を予定。この投資が結果として収益に反映されてくるのが2025年3月期以降。2026年3月期の目標値としてEBITDA比率7‐9%を掲げている。

■EBITDA比率

出所:同社開示情報を基にリンクスリサーチ作成

売上高目標

2023年3月期の売上高が約40億であったBtoBコマース事業について、同社は約2.5倍の100億円を中期ターゲットの売上高目標として見据えている。達成見込みを図る指標のひとつに置いているのが全国で最大規模を誇る仲卸事業者5社。TAMが5兆円と算出されるマーケットで現在5社の売上高がそれぞれ1,000億円を超える規模であり、これを根拠に、同社が中期目標に掲げる100億円が現実味のある数値であると判断できる。

※TAMについては、全国の飲食店数及び飲食店の売上金額(総務省・経済産業省「平成28年経済センサス-活動調査」を参照)から推定して算出

KPI

同社はKPIとして、「魚ポチ」のアクティブユーザー数およびARPUを置いている。2024年3月期は各KPIの成長率を110%程度、トップラインの成長率125~130%を基本線としている。

アクティブユーザー数

大手チェーン店を除く飲食店の数は全国に約45万件。その内一都三県では約12万件。2023年3月期時点で魚ポチを利用している店舗は3621件、その内約9割が一都四県に所在しており拡張の余地はまだまだ大きい。

■アクティブユーザー数(BtoBコマース事業)

出所:同社開示情報を基にリンクスリサーチ作成

ARPU

同社は将来的に水産物以外の生鮮食品へ取扱い幅を広げていく見通しを持っている。8月の新拠点開設によってSKU数の増加が見込まれ、現在はキャパシティの限界から扱えていない生鮮食品も取扱を開始する予定。それに伴いARPUも増加していくことが期待される。ただし、2024年3月期についてははアクティブユーザー数の伸びをより重視しており、ARPUについては5~10%の伸びを見込んでいる。

■ARPU(BtoBコマース事業)

出所:同社開示情報を基にリンクスリサーチ作成

■SKU数

出所:同社開示情報を基にリンクスリサーチ作成

                                                      以上

2023年9月14日成長株投資, 銘柄研究所

Posted by usamiseira