9339 コーチ・エィ :エグゼクティブへのコーチングで日本を活性化させる by宇佐見聖果
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はじめに
コーチングとは何か。コーチとコーチングを受ける人が対等な立場で対話を重ねることで、発想の転換が生まれ、自発的な行動が促されたり行動変容が起きる。また、周囲の人との間のコミュニケーションや関係性も変化し、その結果として自身や周囲の人にも成果が生まれる。コーチングの定義はひとつには定められずその効果の範囲も特定は難しいが、シンプルに捉えればこうした一連のプロセスだと説明ができる。
アメリカで生まれたコーチングを日本へ導入し、日本企業の「組織開発」に応用したコーチ・エィ。設立から25年間にわたってコーチング業界をけん引してきた同社の力が、イノベーティブな発想が強く求められている現代の日本社会においてこれからさらに必要となってくる。
コーチングについて
コーチングは、個人や組織のパフォーマンスや成長を促進するためのプロセス。コーチとクライアントが相互作用しながら進められる。具体的には、質問やフィードバックをしながら、問題を解決するためのアイデアをクライアントとともに探索することで、クライアントが自ら気付きを得ていく。コーチは、回答を与えたり、何かを教えたりする立場ではなく、あくまでもクライアントが達成したい目標を明確にし、その目標を実現させていくための伴走者としての役割を担う。活用される分野としては、個人のキャリア構築、仕事や生活上におけるパフォーマンスの改善、リーダーシップのスキルアップ、チームビルディングなど多岐にわたっている。
コーチング市場の変遷と可能性
同社の置かれている環境を把握するため、コーチングの歴史を概観し、その市場について確認しておきたい。コーチという言葉の興りは、15世紀にさかのぼる。馬車を意味したその言葉が、人に対して使われるようになったのは19世紀頃。コーチングはその後1980年代頃から注目を集め、心理学・経営学・哲学など様々な理論的背景を汲むコーチングが、スポーツやマネジメント、教育などの分野で展開されるようになった。現在のコーチングの礎を築いたインフルエンサーの名は複数挙げられるが、その中心はトマス・J・レナードであると言われている。
■コーチング普及簡易年表
出所:各種情報を基にリンクスリサーチ作成
レナード氏が1995年に立ち上げた国際コーチ連盟(ICF)は現在世界最大の組織として170ヵ国以上6万名以上の会員数を有し、同連盟から発行された資格が日本も含め世界的に最も権威あるものとみなされている。
■コーチング団体(規模の大きい順)※2016年時点
出所:コーチ・エィ運営サイト上の記事を基にリンクスリサーチ作成
一方日本におけるコーチングの市場はというと、2019年時点でその規模はアメリカのおよそ50分の1との試算がある。トップダウンと縦割り型の組織運営が戦前から色濃い日本では、横の関係をベースとしたコーチングはなかなか浸透しにくい。そのような中、国内初のコーチングを提供する組織として1997年に立ち上がった同社を筆頭に国内にコーチングを導入していこうという動きが少しずつではあったが進む。2000年代前半にはコーチング養成機関が徐々に立ち上がり、個人で受講しフリーランスでコーチになる人材の輩出がはじまる。様々な分野で、コーチングの手法を取り入れたサービスを提供する組織も徐々に増えてくる。こうしておよそ20年をかけて育ててきた国内コーチング市場であったが、9月に英語コーチングのプログリット、10月にビジネスコーチ、12月に同社とコーチング関連企業が立て続けに上場を果たした2022年は、国内コーチング市場がいよいよ活気付くターニングポイントであったかもしれない。
■コーチング市場の日米比較(左)、日本での推移(右)
出所:日経新聞記事(2020年5月8日)を基にリンクスリサーチ作成
■「コーチング業界カオスマップ2020」
出所:株式会社スパイサー
■「コーチング業界カオスマップ2020」
出所:株式会社コーチング経営
■プロフェッショナルコーチの規模
出所:ICFレポート「GLOBAL COACHING STUDY Executive Summary 2023」
1対1エグゼクティブコーチングを軸とするに至るまで
同社の前身であるコーチ・トゥエンティワンが創業したのは1997年。当時は国際コーチ連盟(ICF)が立ち上がってから2年と世界的にもようやくコーチング業界が本格的に走り出した時期であった。創業者である伊藤守氏は、日本人として初めてICFよりマスターコーチ認定を受けた人物。コーチングに可能性をみていた同氏は日本初となるコーチ養成プログラムを設立と同年に開始、国内コーチング市場の開拓者として走り出した。
■創業者の伊藤守氏
出所:同社HP
コーチング人材の育成でスタートした同社は、2001年に企業の組織開発を目的にマネジメント層向けのコーチング研修サービスを開始した。ただ、研修だけでは本当の意味ではマネジメントが変化しないと考え、顧客企業に対して、エグゼクティブ層に対する1対1のコーチングを起点に各層へ働きかけることで包括的にコーチングを提供する事業に軸足を移していく。日本企業の「組織改革」をヴィジョンに置いたこの事業は、フリーランスが多くを占めるコーチング市場において、企業という組織体だからこそ実現できる同社独自のスタイルでもあった。
■同社年表(主要事項のみを抽出したもの)
出所:同社HPを基にリンクスリサーチ作成
提供するプログラム
同社のコーチングは、個人の成長支援にとどまらず、個人を取り巻く関係性に焦点をあて、組織全体の成長を支援する「システミック・コーチング™」というアプローチをとる。
エグゼクティブに対する1対1コーチングを起点にした上で、社内の各階層、各部門・国内海外拠点を対象としたサービスを複数組み合わせ、KPIを設定することにより、社内のコミュニケーションの変質やプロジェクト進捗スピードの変化を見える化していく。各社員が主体化することで企業ビジネス自体が推進していくことを最終ゴールとする。
特色は何と言っても、エグゼクティブ(社長を筆頭とする経営層)に対するコーチングを起点としている点で揺るぎのないところ。ようやくコーチング市場の夜明けがスタートしたと言える国内では、従来から馴染みのある「研修」の枠組みでコーチングを捉え、まずは一般の社員からワークショップ形式で導入する形を選ぶ企業もまだ多い。そうした中、創業時から本筋のコーチングの普及を志してきた同社は自信を持って自社流を貫く。企業組織を変革させるためには、トップの意識改革が第一に優先されるべきでありかつ最も重要。1対1でトップ層へコーチングを施すことによってこそそれが成し得る、との考えに基づいている。
■「システミック・コーチング™による組織開発ビジネス」
出所:同社資料
■コーチングのイメージ図:トップダウンで複数のサービスを提供する
出所:同社資料
同社の場合、エグゼクティブ層から直接依頼を受けてサービスの提供がスタートすることが多い。顧客の組織課題を掘り起こし、KPIを定めた上で数名のコーチでチームを組んで伴奏型でサポート。コーチングを進めて行くと殆どのケースで、新たな課題が次々に顕在化してくる。そこに対して同社のコーチが誘導し、全6種のプログラムの中からオーダーメイド的に組み合わせ提供を重ねていく。コーチングの性質上、効果が表れてくるまでにはそれなりの期間がかかることが通常であるため5~6年継続した付き合いのある顧客もいる。
顧客には大企業が多く、売上のうち約8割が上場企業に対するもの。さらにその内約8割がプライム上場企業となっている。
業績
コロナ禍を経、一旦凹んだ売上は2021年12月期、2022年12月期と増加に転じた。今期もこの調子を保っての増収を予想している。
2010年から同社は、顧客企業の海外進出に伴う形で海外展開を拡げてきており、今年5月に設立した子会社(COACH A Americas, Inc.)を含めて現在は海外に4つの拠点(ニューヨーク、香港、バンコク、上海)を有するが、今期(2023年12月期)中に、新たに2拠点(欧州、北米)を新設の目標を掲げており更なる拡張へと意欲を示している。
■売上高および営業利益率(通期)
出所:同社開示情報を基にリンクスリサーチ作成
KPI
同社が最も重要視している指標は、全従業員の内およそ8割を占めるコーチの数と質。中でも、エグゼクティブに対してコーチングを施せる人材がどれだけ確保できているかが同社の業績を見通すうえで重要となってくる。
エグゼクティブコーチングができるポテンシャルを持つ人材は多くはない。コーチングスキルのみならず自身がかつて経営に関わる業務を経験している等、経営というものを深く知っていることが必要。これからより多くのポテンシャルを持つ人材を見極め、独自のプログラムで育成していくことを経営課題として位置付けている。
また、同社は今期(2023年12月期)中にコーチング全体の人数を15%、20名弱増やすことを目標に掲げてもおり、今まで以上に人材獲得へ注力する姿勢をみせている。
■同社の従業員数、正社員コーチ数
出所:同社開示情報及び取材を基にリンクスリサーチ作成
以上
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