コラム 成長企業のバリューエションを考える -題材としてメルカリ(4385)のIPO- by yamamoto

2018年12月27日

[メルカリ (4385)のIPOを題材に]2018年6月3日 執筆

成長の条件と成長企業のバリエーションについて

フリマで急成長しているメルカリ(4385)のIPOを題材にして急成長企業のバリエーションについての考え方をまとめた。これはメルカリIPOの買い推奨レポートではない。

世の中に成長株のバリエーションの考え方の説明がないため、残念に思い、書くことにしたもの。

メルカリの業績 

2018年6月期の業績だが売上は前期比ほぼ倍増の380億円程度となりそうだ。 宣伝費や人件費等の先行投資で営業損失40億円程度を見込む。 赤字である。

公募価格による時価総額4000億円

IPOによってメルカリの時価総額は4000億円程度となる。 高い評価である。

このコラムの目的は2つ。ひとつは成長企業の特徴や成長の条件について。もうひとつは成長企業の株価算定のやり方である。

一般論としての成長企業の諸条件 

経営陣の強い気持ち。企業の成長の条件 その1 

まず、一般論を述べる。 企業の成長は経営者の意志によるものだ。 経営者の企業を大きくしたいという強い思いがなければ企業というものは大きくはならない。 ほとんどの経営者は成長よりも安定を求めるものだ。 無理しないで雇用を守る。 規模を拡大したり上を目指さしたりする、積極的な動機がないからだ。

  経営者  コメント
成長企業

 上昇志向(ほんの一部の企業)

 強い気持ち(意思)

 拡大均衡

トップに豊かな感受性や人格や思いやりがともなわい場合は失敗する

トップが勉強熱心でなければ失敗する

非成長企業

 安定志向(ほとんどの企業)

 不況時に縮小均衡

 常時キャッシュフロー経営

経営の教科書通りにやればよい

 

成長株投資家にとっては、企業トップに強い拡大志向があるかどうかが最重要ポイントである。

成長したいとは思わないトップが経営すれば、どんなに環境がよくても、その企業が成長することはない。 なぜならば成長意欲がなければ、設備増強や人員増という経営判断ができない。

メルカリの山田社長はどうか。 フリーマーケットビジネスを日本での成功に満足しないで世界を見据えている。 米国や英国での成功を見据えている。 当然、その先も見据えている。 つまり、彼らの「野望」が日本ではなく世界だということ。 1億人の日本ではなく、80億人の世界だ、ということ。 その意味では、メルカリは生命力の強い企業といえる。

潜在需要が経営者に見えているか。企業の成長条件 その2

経営者には二つのタイプがある。 潜在需要が見える経営者とそれが全く見えない経営者だ。 潜在需要とは、たとえば、「東京の夜空に天の川が見れたらいいな」というみんなの思いだ。

例をあげる。 三浦工業(6005)は「中国に青空を」というスローガンで環境に優しいボイラーを中国で拡販している。 「この非人道的で殺人的な大気の汚染をなんとかしたい」という思いが中国の人々の中にある。 その強い社会ニーズとしての潜在需要を彼らは掘り起こすと決めた。この数年で中国において積極的に人員を採用している。

潜在的な需要は目には見えない。 だが、経営者に豊かな感受性があれば、無限に大きなビジネスチャンスとして見えないものでも見えるのだ

これは経営者の感性や資質の問題である。

潜在需要が見える経営者の例をあげる。 RIZAPグループ(2928)瀬戸社長だ。 彼には、ありとあらゆる「三日坊主市場」が潜在需要として大きく見えている。 三日坊主になってしまうことに対して、「結果をコミットする」のだから需要は膨大だ。 膨大な市場をどうやって事業化するか。あとはそれを共に実行する仲間がいればよい。 だから雇用をどんどん増やさないと需要を満たせない。 RIZAPは10年で従業員が100人から5000人になった。

メルカリにもタイプは違うけれども、成長への強い気持ちと世の中に対する強い感受性があるのは間違いない。 経営者が(従業員が数百人のうちから)、「うちは将来は数万人を雇うんだ」という強い気持ちを持ち、 膨大な潜在需要がビシビシと目に飛び込んでくる感性があれば、成長企業の器は作ることができる。 

  経営者に見えるもの
感受性の豊かな経営者

 切実な社会のニーズ

 潜在的な社会の需要

 時代の精神

 社会で困っている人々

 宇宙や未来を含めた世の中全般

感受性のない「不感症」の経営者

 主に管理会計

 コストとしての従業員

 収入としての売上

 社内での自分の敵と味方

 社内で「さぼっている」従業員 

 今月の自分の給料

 

優秀な人材が集うか。成長条件 その3

給料というものは不思議なものであり、どの国でも、その国でギリギリ暮らしていける額に設定されている。 つまり、働く人々にとって、どの会社に入ろうが給料の差は多くても2倍以内に留まる。

ところが、フラットで風通しのよい社風、高い社会的意義のある事業、ホワイト、グローバル展開の可能性など、 働き手にとって、魅力度の企業間の格差はとても大きい。 個人の特有の嗜好が反映されるからだ。 仕事を最後まで任せられるのか、自分がやりたいことができるのかは、働き手にとって、絶対的な条件となりうる。 やり甲斐のある仕事には多くの人々が集うからだ。

フリマという社会的な意義がある仕事に従事できることは社員にとって大きな魅力だ。 自己成長が可能でいろいろなテクノロジーを駆使して世界中にサービスを広げていくのだから、グローバルな人材が引き寄せられるだろう。 また、急成長企業はストックオプションなどを使うやり方も導入される。 成長企業で働けば、金銭的にも大金が手に入るかもしれない。 通常のボーナスでは決して得られないような大金をストックオプションで得ることが可能だからだ。強い意志を持ち、社会の切実なニーズに答えるトップの姿が優秀な人材を引き寄せる。

  コメント
給料の水準

 どの国でも給料は生活費プラス少しだけ

 給料の企業間の差はせいぜい数倍

仕事のやり甲斐

 無給でもいいから働きたいところもあればどんなにお金をもらってもやりたくない仕事もある

すなわち、個人の嗜好の差が大きいので仕事の魅力の差は数倍に留まらない。100倍の差がある。

 

事業の社会的意義の高さ 成長条件 その4 

エコシステムというフリマを介在したCtoCの人間関係の深堀がメルカリの提唱する世の中の姿だ。

例をあげる。 ここに誰かが処分するつもりの使い古した英語のリスニング教材があるとしよう。 一方で、これから英語のリスニングを真剣に勉強したい学習者がいるとしよう。 その教材は廃品として税金を使って焼却場で燃やすのではなく、その潜在的な需要者に渡した方がエコロジカルだ。 そのニーズが見えていたからこそ、メルカリはシェアリングの精神をビジネス化できた。

ベルリッツの英会話の指導料金を以下に載せる。

結構な値段である。

これがメルカリだと、スカイプによる英会話レッスンが30分の会話が1000円で売られている。

(メルカリで出品された英会話教室の値段は1000円)

会話の質や体系だった教え方など、単純な比較はできないがこれがBtoCであるベルリッツとCtoCであるメルカリとの価格競争力の歴然とした差である。英会話をしたいというときにお金で解決するのがBtoCであり工夫で解決できるのがCtoCである。ベルリッツに80回通えば70万円だがメルカリで英会話を買えば8万円である。

CtoCという消費者から消費者への中古品売買の市場をスマホ上で創造した。 オークションのように業者ではないため出品者も仕入れ値にはこだわれない。 ゴミの処分のつもりの無料に近い価格の出品者がいるため掘り出しものばかりの宝の山になる。

先ほどの例では傷がある書籍などはBtoCでは売り物にならないがCtoCでは価値がつく。 流通マージンは最終商品価格のほぼ50%にも及ぶから、手数料をメルカリが上乗せしても消費者は40%安いものが手に入る。

そして、この例は、これまで消費者に甘んじていた生活者が価値を創造する側に回るクリエーターへの変貌を後押しするムーブメントと見ることもできる。

21世紀の市民  20世紀の市民
国民はクリエーター。少量多品種の作り手。リサイクルの担い手。地域の再生エネルギーの作り手。  国民は消費者。大量生産による無個性な商品。消費を美徳とする使い捨ての横行。原発や石火燃料による大規模発電の一方的な受け手。

 

CtoCであるからこそ、同社は特別に有利な状況にある。 卸売業者を完全に中抜きできることだ。 日本は沿岸部の狭い地域に人口が密集している。 そのため、都市部に問屋をおき、小売に流すという形態はいまでも合っている。 だから、流通構造が複雑で卸売も何重にも存在することができた。 ところが、CtoCの場合は基本的にdoor to door を担当する宅配業者が存在すればよいだけ。 つまり、卸売業者の入り込む隙間はない。

中古品の市場で伸びているメルカリであるが、潜在的には、個人が創造できるものすべてを扱う可能性が大きい

モノを買う。年月が経つ。不要になる。 このサイクルの中で、不要なものは、消費者はゴミとして税金等の費用を払って処分をしている。 ゴミとして処分するのは人口密度の高い日本では住居スペースが狭いためだ。 メルカリに出品すればゴミとして捨てるものから資金回収ができることや、不要なものに占拠されているスペースを空けることができる。 いまでも、祝日にいろいろな地域でバザーは開催されているが、これらのニーズをネットでつなぎ、 出品数を最大化することで市場としての付加価値を高めているのがメルカリという会社といえるのではないか。

それでは、不要なものはいったいどの程度あるのだろうか。 膨大な潜在需要がある。

まず、子供関連のグッズは押し並べて対象になる。 おもちゃ、衣料、教育教材などは場所をとるし、年齢が上がると不要になる。 一次産業の従事者はとれすぎたものはすべて対象になる。

趣味用品もそうだ。 初心者から上級者へいけば、初心者用は不要になる。 楽器なども、上手くなるにつれて楽器は高額のものを買うことになる。 以前のものは不要になる。

たとえば、個人ブランド。職人が直接販売できる。 刃物でも食器でもアクセサリーでも。 お菓子なども規模の経済が不要なので、地域特産品なども対象となる。

これまでの高度成長時代の悪癖でなんだも使い捨てのような生活習慣が見直されていることも追い風だ。 たとえば欧米ではすでにプラスティックのお皿やストローが販売禁止となる動きがある。

このことは、よいものを長く使うという動きになり、中古品の見直しへと繋がるだろう。

また、中古品に止まらないで新品市場でも個人がクリエートできるものはすべて対象となる。音楽、書籍、ゲーム、映画、各種サービスなどである。

メルカリの活動は「事業」活動であるが、一方で、「社会ムーブメント」としても見ることができる。 新しい社会運動や新しいシェアリング文化への貢献が期待できるからだ。

格差社会の中では、工夫して賢く生きる人々を少しでも応援していかなければならない。社会が不安定になるからだ。お金がなくても、世の中のほとんどのニーズは工夫で解決できる。 ただし、それには条件がある。 この人間疎外の現代社会の中で、知らないもの同士であってもお互い助け合えあうという精神だ。

個人対個人のニーズの橋渡しをする同社のサービスは図らずも格差社会の中での経済弱者同士の助け合いを応援しているように見える。

(一般に物事の解決にはお金の解決と工夫の解決のふたつがある。 学習を例にとれば、 高い授業料を払って学習塾で一流の先生に教えてもらうのがお金の解決。 工夫でお金をかけないでメルカリで教材を数百円で買って勉強する人は工夫の解決だ。 本当に豊かな生き方、賢い生き方は工夫で生きる人々だとわたしは思う。 これまでは、中古品はバカにされてきたが、いまの若者は逆にシェアがかっこいい。 格差社会の中で、お金はないけど、豊かにかっこよくいきることを可能にする。 工夫で生きる人々にとっての有力なツールがメルカリのサービスであるように思う。)

潜在需要の開拓の道具としてのテクノロジー 成長の条件 その5

ユーザー数を増やすことも大事だが、ひとりのユーザーの利用頻度もまだまだ増やせるだろう。 2017年11月、ブランドもの査定など、中古市場の値付け要素(状態など)がわかるものについては、 即座にメルカリが買取をする「メルカリ NOW」をスタートさせた。  ユーザーは投稿をアップすれば即座にキャッシュ化できる。 利便性が向上することでユーザーの利用頻度が増える。

このように潜在需要が見える経営者にとっては、イノベーションは業績を加速させる道具になる。 ユーザーのストレスを解消する、満足度をあげる方向にイノベーションを用いればよい。 目的が明確なのでイノベーションは単なる手段として利用されるだけだ。 たとえば、画像圧縮などの技術で動画がストレスなく流せるようになれば、メルカリのユーザーの満足度は上がるだろう。 すでに動画アップによる商品説明も始まっているようだ。 今後は、VRや3D技術も潜在需要を掘り起こすはずだ。 あるいは、画像センサを計測に用いれば、たとえば「衣料を写せば自動的に寸法を測る」ことも技術的にできる。 そうなればいま、ユーザーが自分で寸法を測っている手間暇が省ける。 手続きが簡素化すればさらにユーザーが増えるだろう。

このように、これから普及するサービスの場合、さらなる潜在需要の掘り起こしに、テクノロジーを道具として使うことができる。

成長企業の条件のまとめ

このように、同社は、以下の企業の成長条件をことごとく満たしている。 ここで示したのは成長企業の条件というものだ。いくつかあったが、以下の通り。

1)やる気のある経営者とその強い成長への意志

2)見えない潜在需要がよく見える経営者の感受性の豊かさ

3)優秀な人材の集合知

4)仕事の社会的な意義

5)道具としてのテクノロジーの駆使

コラムのふたつめの目的 成長企業のvaluationの考え方

飛躍が見込まれるメルカリだが問題はそのバリエーションの「高さ」だ。

次に成長企業のバリエーションを見てみよう。

結論。メルカリは事業のリスク・プレミアムのもっとも低い企業のひとつといえる 

CtoCの企業の場合の企業評価の決め手は流通総額である。 メルカリの流通総額はホームページに書いてあるように月間300億円。 年間4000億円規模だ。 その成長は驚異的だ。 CtoCなので約定単価が低い。 手数料率は約定金額の10%(売り手のみ)となっている。 (競合関係次第で、長期的には手数料率が低下するリスクがある。 いま、そのリスクは当面ないのでそれを織り込まずに考える。)

倍々ゲーム志向の成長意欲を前提にすれば、 潜在需要は膨大にあるのだから、あとは積極的に採用をすればよい。 先行投資、先行投資で目先の利益を追わないアマゾン型の経営が見本になるだろう。

結果として、仮に2017年6月の210億円の売上が2028年に何千億円になっていても、わたしはまったく驚かない。

大切なことは、この事業の限界利益率だ。 売上は手数料なのだから限界利益率は100%近い。 何千億円の売上は即限界利益なのだ。 何千億円の限界利益は、何千億円の営業利益や純利益へとなっていく。 

企業のバリエーションは配当の水準とその成長率の見通しとその見通しの確かさ具合により決まる

配当成長率は、変動費率の水準と潜在需要の大きさとマーケットシェアから計算できる。

適正株価は、配当成長率の高さとその見通しのブレ(リスクの度合い)で計算できる

見通しがブレる(=リスク)とは、想定したシナリオから業績が下に逸脱することだ。

それが事業リスクだ。

つまり、バリエーションの高さは以下の2つの要素で決まる。

1)事業リスクの低さ

2)配当成長率の高さ

の2つだ。

配当成長率は企業の属する市場の規模の予想と企業のシェアの予想、それを達成するための期限を具体的に定めることで算出できる。

メルカリの場合、流通総額が二桁成長する期間を投資家はそれぞれが定めればよいが、ここでは、たとえば、向う10年の2割成長を想定するとする。(あくまで例えばの話である)

1.2の10乗は6倍であるから、流通総額は現状は月間で300億円だが、その6倍は月間で1800億円である。 年間で2兆円程度の流通総額でありその10%が売上になるというビジネスであるから、2000億円が売上となる。 人員拡充が必要とはいえ、5000人増やして年間500億円のコストアップとなっても知れている。 つまり、10年後には1000億円規模の営業利益額となる可能性は否定できない。 時価総額が数兆円となる可能性もある。

このように同社の業績への期待は非常に大きいと見ることができる。

特筆すべきは事業リスクの小ささである。 固定費を拡大して売上の増加を狙う戦略を、拡大均衡と呼ぶが、経済学の言葉である。 近年、縮小均衡ばかりの経営者になって、縮小均衡という語彙は一般的だが、拡大均衡はさっぱり聞かない。 だが高度成長期は拡大均衡が当たり前であった。 潜在需要を取り込むことができる企業は拡大均衡を取らなければならない

強い成長意欲がある企業として、アマゾンがあげられるだろう。 彼らの戦略を真似すればよい。 潜在需要を開拓し、マーケットのポジションを獲得すれば、シェアが高い企業がさらにシェアを伸ばす好循環に入る

だから、あえて急いで固定費をかけて、マーケットを掘り起こす戦略が、「もっともリスクが小さく、もっともリターンが高い」戦略となる。 そのための先行投資による赤字は、正しい。

拡大均衡は、固定費が先行的に上がるので、投資家の評価は低くなりがちだ。

同社についても、当面、営業損失を許容できないという投資家も一部存在するだろう。 だからこそ、正しい戦略を正しく評価する投資家が報われる。

事業リスクは何か。 端的に利益の減少の可能性ともいえる。

事業リスクはふたつある。

  • ひとつは限界利益率の低下だ。
  • もうひとつは販売数量が減少することだ。

ところがメルカリの場合、手数料収入なので限界利益率はほぼ100%である。 限界利益が100%のビジネスは、どんなに価格を下げても、限界利益率は低下することはない。100%のままだ。 同社の場合、限界利益率が低下するリスクは皆無なのだ。 スマホによるフリマを普及させるための一時費用として大量の宣伝費を投じても一度フリマを生活に組み込んでもらうことで継続して使ってもらうことができる。 継続的な使用が見込まれるサービスの場合、広告宣伝費は一過性の費用とみなすことができる。

これが食品などの競争が厳しい業界ならば新商品を開発し広告を継続的に投入しなければならないので一過性の費用ではない。 競争激化の環境ではCMを変動費の性質を持つものとみなさなければならない。

メルカリの現状には、そのリスクがないのだ。 また、同社の場合の価格の下げ(手数料率の引き下げ)は価格弾力性を利用し所望するマーケットシェアを所望する期限内に獲得するための戦略にすぎない。

また、価格の弾力性により当初は低い価格でシェアを握り、シェアを一定以上とれば、価格をあげることも可能である。 価格弾力性については、局所的な実験により、社内データから把握、分析、計量することができるだろう。

一般に限界利益率自体のボラティリティがゼロの会社は、変動費の動向を見ないでよいので、価格動向だけが焦点となるが、 価格は下げても限界利益率は100%近いままなので、限界利益率の上下の動きを考えなくてもよい。 (クラウドの使用料金が転送回数に比例する変動費と見ることができるが、同社の原価率は10%台で極めて低い)

リスクの低さは、変動費率が高い事業と比較すればよくわかる。

たとえばバランスシートを使うビジネスの代表例として商社がある。 海外で調達し国内で売るとしよう。

調達した後にも為替市場が動く。それはすべて投資家のリスクである。

調達する商材にも需給があり商材の価値も動く。それは投資家のリスクになる。

原油を調達して販売するとしても、為替が動き、原油価格自体が動くので、赤字になるリスクを負う。

赤字になれば企業価値は毀損する。 成熟企業には押し並べて本質的な事業の赤字リスクがある。 成長企業に起こるリスクは最悪で減益のリスクだけである。 永続的に赤字リスクを負う事業は株価は振幅するだけであり長期保有には向かない。 成長企業は再投資利回りでどんどん増えていくから長期で大化けする。 さて、メルカリの手数料だが、その手数料率10%が下がれば大きな影響はでるが価格弾力性から利用頻度はむしろ上がる。 スマホを保有するという社会形態が崩れない限り参加者数自体が参入障壁となるからあえて手数料を下げるリスクは当面は考える必要はない。 アプリの登録者数とその利用頻度との積が落ちることだけが主な同社の短期の事業リスクである。 

メルカリの場合、そうなると主だった短期の事業リスクは流通総額の減少ということになる。 同社の取扱い高は近い将来、減るだろうか。 普通に考えてその可能性は極めて小さい。 まずグローバルの展開がアドオンされる。米国や英国でも実績を高めている。 そして、一般論だが、世界中、どこでも格差社会だ。その中でのエコシステムの潜在的需要は強い。 潜在需要がありシェアが高いところに大量の広告宣伝費を打つのだ。 それができる人だけが成功すると考えるしかない。 競合たちは頭ではわかっていてもこれほど大胆には投資を実行できない。

さて、限界利益率が低下せず、数量も減少しないならば、事業リスクの絶対水準は低い。 事業のリスクプレミアムの水準が低ければ、バリュエーションは当然、計算すれば高くなる。 たとえば、いま、日本企業の平均的なリスクプレミアムを6−7%だとすれば、メルカリのそれは1%程度以下だ。 

一般に、変動費率8割の会社と2割の会社では限界利益率自体のボラティリティには40倍の格差がある。(後述の式を参照)

限界利益率をmとしてそのリスクはdm/m(利益率の変化量)が業績リスクのひとつと見ることができる。

mの構成要素は平均価格pと平均単位変動費vであるからそれを二次元の独立した基底dpとdvとみなせば、限界利益率という事象の点(p,v)における接平面は(dp-dv)という一組のペアで計測することができる。2つの変数をスプレッドをとり1つに単純化する手法は株価の理論では常套手段である。

(資本コストrと配当成長率gとのスプレッド(r-g)をふたつのものとしてみないで、ひとつのものとしてみるのが市場というものだ。それが可能な理由はいつでもrとgがr-gというスプレッドだけで表記できるからである。それ以外の演算、r+gとかrxgとかが存在しないからだ。)

難しいようだが、そうでもない。つまり価格上昇率をdp/pとして、変動費の上昇率をdv/vとしておいて、両者の差をとれば、利益へのインパクトとして一般的な言い方に落とせる。

価格が4%上昇し(+4%)、変動費が3%下落(-3%)すれば、両者の差である4-(-3)%=7%の限界利益率の改善になる。そのときのリスク量(dm/m)は偏微分の計算で[(v/p) / (1- v/p)]=aとして、

|dm/m|=a x |dp/p-dv/v|

とみなすこともできるのだ。(|-|は絶対値。)

(一般にリスクは二乗して平方根を取ることで計算できるがこのケースではp,v, v/p, 1-v/pは非負の数であるため二乗して平方根をとらずともdm/m>0とできる。条件として変動費率100%未満とするが現実に即しても問題ない。基底(dp -dv)の正負やその測定は商材によって違うがメルカリの場合は当面dpもdvにも入れるべき具体的な数値はない。つまり、事業環境からのバランスシートリスクは極めて低いだ。同社のリスクは過剰採用や過剰広告などの経営判断リスクとなる。だが在庫回転日数がゼロなのでリアルタイムで管理会計リスクを把握できる。広告や採用の効果を定めながらの固定費管理となるのでリスクは比較的小さい。大きな設備投資ではなく段階的な人員増強であるからだ。)

バリエーションの大きさを計量するにはaの値にスプレッド(dp/p-dv/v)をかけて計算すればよい。変動費率ゼロならば恒常的にa=0だ。つまり限界利益率自体がぶれる可能性はない。このことはリスクプレミアムの計算に非常に大きな影響を与える。難しいことを言っているかもしれないが、aの式にv=0を代入すればゼロであることからそれがわかる。読者は一般的な企業の変動費率70%、つまり、p=1とv=0.7とを代入してaを計算してみるとよい。そして、限界利益率90%の企業のaをその次に計算してみるとよい。数量のリスクを考えないで、競合状況や外部環境の変化という事業上のリスクの計量に変動費が大きな役割を果たしていることが実感できるだろう。

(答え。v/0=0.7のときa=2.3, v/p=0.1のときa=0.11で両者のリスク量は21倍も違うのだ。世の中にPER100倍と5倍が共存する理屈はまさにこの考え方なのだ)

株価を決定する重要な要素であるリスクプレミアムは同社の場合、 適切な潜在需要の開拓に人的資源が投下された場合には、リスクは1%以下となると計算できる。 そのため、通常の成熟企業のバリューエションの10倍の格差、PER100倍を超えてもそれが理論上、許容できるのだ。

(ここで不思議に思う読者もいるだろう。メルカリの今期や来期の利益は赤字なのに、どうしてバリュエーションが計算できるのかと。 それは一時費用とみなし、先行投資をやめれば黒字だからである。 たとえば、メルカリの場合、2017年6月期では先行投資として広告費140億円以上を使っている。 過半は先行投資であり本来なら利益や配当になった部分である。 それは擬似的な利益としてよいのだ。)

一般的に知られていない事実 

高い成長率と低いリスクが同居するのが企業の高度成長期

リスクとリターンが比例するというのが金融の教えであるが、例外がある。成長株については、事業リスクと成長性は反比例にある。たとえば、トヨタの戦後の自動車生産台数は年率20%成長を30−40年も続けたがその間の年率の標準偏差はそれ以下であった。潜在需要が膨大であり供給能力が少ないケースで生じる典型的な現象だ。

リターンの高さとリスクの低さが共存する例。上記。トヨタの生産台数。

(上。筆者のBooth出版の「株式バリューエション 割引配当モデルの解説」より)

このような議論や三段階や二段階のDDM(割引配当モデル)に興味がある人は、非常に高価だが、リンクスリサーチでの書籍販売でわたしが書いたものが1万円で販売されている。成長のパラドックスという有名な用語が知られているが、成長パラドックスを克服した理論なので実務者向きのバリエーションの教科書としてわたしたちの学校で使っている。

リンクスリサーチでは企業研究のためのボランティアのレポートをアナリストに書いてもらっているが、基本的にボランティアなのだ。だが、高いデータ使用量や家賃や人件費を捻出しなければならないという事情もあるので、ビジネスモデルを現在、考えているところだ。

成長株の理論に興味がある人にとっては為になると思うので自分で書いたものをここで紹介させていただく。

https://links-research.booth.pm/

(ご支援のほどお願いします)

リスクは時間の平方根に比例しリターンは時間に比例する 

またリスクは時間の平方根に比例するがリターンは時間比例だ。つまり成長企業の場合は、長期保有すればするほどリスクあたりのリターンは上昇していく。

この事実が一番重要だが多くの投資家には見過ごされてきた。

膨大な潜在需要があり拡大均衡を続ける企業はBUY & HOLD以外の投資戦略は存在しない。

利益率が低下せず数量成長が見込まれる企業については長期保有により、リスク調整後のリターンは改善していく。

逆に、長期保有に適するのは成長株のみであり、非成長株は長期に持とうが短期に持とうが株価は振動するだけでコインの裏表を投げて、裏表を当てる賭け事とあまり変わらない。

この事実はあまり実践されていない。

知財リスク

メルカリの気になる点である。

ビジネスモデル特許にしろ、スマホからVRへの移行の可能性等、成長企業というものは、知財はおろそかにできない。研究開発や知財については、同社はあまりにも少なすぎる。

特許数は数件しかない。たとえばGoogleやFacebookは数万件規模である。Yahoo Japanでさえ数百という特許申請がある。

ブラットフォームが変われば終わるという危機感があるならば、その備えも長期的には重要になる。

メルカリは長期で応援すべき会社か

ちょっと難しいし、成長企業の評価方法については、あまり解説本がないので、騙された気になる読者も多いだろう。

成長意欲のない99%の企業ばかり投資家は見ているから、どうしても、成長意欲と感受性を共に備えた企業の評価が正しくできないのは仕方ないと思う。

だが、前述の通り、非成長企業と成長企業の間にPERに大きさ差があって当然なのだ。

それはそうとして、メルカリは楽しみな会社だと思う。

新しいシェアリング経済を構築するといえばかっこいいが、格差社会の中で工夫する人々をサポートする会社である。 メルカリは、豊かな社会の実現に寄与する会社であり、投資家として長期的に応援すべき会社のひとつであるのだろう。

事業リスクは当面はない。あえていえば米国ユーザー数の頭打ちや表面上の為替であろう。

株式の投資リスクはある。 株価が過熱したものをあえて上値まで追いかけるは危険である。 当たり前のことであるが敢えて言及する。

わたしの著作の場合

20年ほど前、運用成績がトップ1%であったクレイ フィンレイ時代に「インベストメント」という投資哲学と投資手法という本を書いたが、既存ビジネスとメルカリとの価格差について見てみたい。

アマゾンでわたしの中古本は2万円の値付けがされている。これは東大等における瀧本哲史先生が主催する瀧本ゼミの教科書にわたしの本が指定されていることや絶版になっていることからこのようなプレミアムが発生しているのだ。

(アマゾンでの出品 2018/6/3)

ところがメルカリではその20分の1の値段で出品されている。

(メルカリでの出品 2018/6/3)

どうしてこれほどの差がつくのか。これはアマゾンが業者の出品でありメルカリが個人の出品だからである。個人はBookOffに持っていけば無料かよくて100円。メルカリなら1000円。業者はリアル店舗や従業員を抱えているから20000円なのだ。

わたしとしても、2万円という値段は心苦しい。メルカリで1000円でサーキュレートされる方を希望したい。

2018・6・3 成長企業のバリエーションの考え方について記す

証券アナリスト 山本 潤

2018年12月27日コラム

Posted by 山本 潤