3591 ワコール 壁を乗り越えた先の成長 by宇佐見聖果

2023年10月24日

2023年3月26日(日) 東京勉強会に登壇いただきます。
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3591 ワコールレポート_230317

 

はじめに

ユニクロや海外ファストファッション等の浸透によって平均購入単価が低下、人口減少も重なり縮小が進行する国内マーケット。在庫廃棄率や労働環境が社会問題化し、ESGの側面でも重要な転換期に。さらに、コロナ禍をきっかけに予想だにしなかったライフスタイルの急変を受け、揺さぶられるアパレル業界。この業界に属する各社は今改めて、其々の戦略を捉え直す必要性に迫られている。ワコールホールディングス(以下ワコールHD)、1949年の創業以来一貫した垂直統合型経営で成功を収めてきた同社は、業界変動の渦中で直面している、独特の体制ゆえの壁を今、乗り越えようとしている。

社長の交代

2023年2月、ワコールHDは同社および国内事業を率いる子会社ワコールの社長を交代する方針を発表した。6月からワコールHD社長に就任予定の矢島昌明常務執行役員、ワコール社長に就任予定の川西啓介取締役執行役員マーケティング統括部長。中核2社同時の社長交代、かつ2名の新社長が共に生え抜きであることは、創業以来築き上げてきたワコールカルチャーの構造を確実に残しながらも、新しいステージでの成長へ向けていよいよ本気で着手する意思と受け取れる。「創立以来の危機に対して、身を粉にして構造改革に尽力していく」と、矢島氏は記者会見で語った。

国内事業の不振に苦慮してきた数年間

現在ワコールHDが最も苦闘しているのが子会社のワコールが率いる主軸の国内事業。創業以来ピーク時には年間1400億円を誇っていた売上であったが長期に低下の傾向にあり、そこへコロナ禍の直撃を受ける形で現在は800億円程度にまで下落した水準となっている。ここから浮上への道筋が見えてくるのはこれからとなる。

■ワコールHD売上高

出所:同社開示情報を基にリンクスリサーチ作成

同社は長期にわたるトップラインの継続的な低下について、自社が抱える課題として投資家へ向けて発信をしてきている(下表)が、対策が明確な効果としてはまだ表れてきていない。業績改善へ向けて改めて、自社の事業の現在レベルを把握してそれに合わせて体質を改善させていく、こうした本質的な取り組みを本気で実践していくことが求められている。

対策が効果を発揮し始めた際の数値目標として同社は、売上高1千億円台および営業利益率7%台の回復を掲げており、今後の達成が期待される。

■「ワコールが長期にわたって抱える課題」

出所:同社資料

それでは、ワコールHDの国内事業ワコールでは具体的に今何が課題となっておりその其々にいかに対応してきているのか。次ページ以降で一つ一つ確認していく。

1.労働集約型ビジネスモデルの抜本的転換へ向けて

同社が長らくビジネスモデルの基本概念に据えてきたのは、店舗人員を増やすことが売り上げを増やすための最大有効策である、とする考え方であった。しかしながらEC化の普及、人員不足の進行によってこのビジネスモデルが通用しなくなりつつある中、社内では次第に、人件費を筆頭とした高コスト体質が課題点として共有されてくる。18年前の2005年に同社として初めてとなる早期退職を実施するなど一定の対策は仕掛けてはきたが、売上高に対する販売管理費率は上昇の一途を辿るばかり。抜本的なテコ入れとしては不十分なままに業績の悪化に飲み込まれてきていた。コロナウイルスが流行する直前には人件費率を5%下げるとした計画が立ち上がったが、到来したコロナウイルスへの対応に追われる中でこの計画は後回しに。ウイルスの流行がようやく落ち着いてきた2022年11月、300人規模の早期退職募集を発表している。

また、同社の人材面での課題は単に店舗に人が多すぎることに留まらずより構造的な問題にも行きつく。垂直統合型モデルを強固に作り過ぎたがゆえに、上からの号令が現場まで浸透するのに時間がかかり、改革を進めて行くに際して社員間の意識共有がスムーズに進みにくい。そのため、事業体の構造改革そのものにどうしても時間がかかってしまう。それに加えて、創業から約73年をかけて築き上げてきた盤石な財務基盤ゆえに多少業績が落ち込んだとしてもびくともしないという安心感がある。リストラクチャリングのみならず、社員全体の意識改革、併せて改革を実践していくリーダーが力量を発揮していける職場環境の構築も重要と考えられる。

■同社が開示する、「ワコールが長期にわたって抱える課題」

出所:同社資料

2.ライフスタイルの変化に合わせてチャネル展開を改革

ワコールが長らくスタイルとしてきたチャネル展開に、これまでの形態からの変更が迫られている。かつては強みであった多チャネル戦略であったが、コロナ禍で人々の生活スタイルが変化し、百貨店や量販店の業態が急速に変化。それによって、合わせて約6割を占めていた同社の百貨店および量販店での売上比率が目に見えて鈍り出した(下表)。交代する形でEC経由での売上比率が急ピッチで上昇してきており、百貨店経由で落ち込んだ売上分をカバーするべく急ぐ。直近23%まで上昇してきたEC化率を最終的に30~35%まで到達させることを同社は目標にしている。

■ワコールのチャネル別売上割合

出所:同社開示情報を基にリンクスリサーチ作成

EC化率を上げるための施策として同社は、オンラインオフラインの融合による顧客の囲い込みを目指し、2023年3月期より販売体制を刷新。また、同社の場合既存ユーザーの継続率は高いため、EC化の推進と併せて新規ユーザーの獲得も進めて行くことによりEC化率の上昇に繋げたいと考えている。

■販売体制の刷新を説明する資料

出所:同社資料

3.乱れ打ちではなく基幹を育てるブランド戦略へ

2022年3月期の取り組みとしてワコールは、ブランドの選択と集中を打ち出した。これまで多様な顧客層へ向けて展開していた50のブランドから6つのインナーウェアブランドを基幹ブランドとして選び出して強化を図る。価格帯が其々異なる6つのブランドに注力し育てることでブランドそのものの魅力を高めていくと同時に、幅広い顧客層も囲い込めると考えている。

こうして開始した6つのブランド育成戦略は現在のところ進捗の途上にある。ワコールが元々優位性を持ってきた高価格帯製品(6,000円台~30,000円台)に関しては一定の需要が安定して存続することが見えている一方で、3,000円台~5,000円台の製品の購買層への訴求に現在苦戦している。消費者の嗜好が長期のスパンで変化してきている他、コロナ禍を経て在宅時間が増える中でより楽なものを嗜好するようになってきた等、短期での消費者の心理変化が背景にある。今後、複数の要因が絡み合い表現される消費者の行動変化を正確に捉えていくことで、一定以下の価格帯の製品にも競争力を持たせていけると考えられる。

■上:基幹ブランドのブラジャーの価格帯 下:インナーウェアの基幹ブランドの強化ポイント


出所:同社資料

■左上:国内アパレル供給量・市場規模の推移 右上:衣料品購入単価・輸入単価の推移 
 左下:国内繊維業の事業所数及び製造品出荷額 右下:国内アパレル市場における衣類の輸入浸透率


出所:繊維産業の現状と経済産業省の取組 経済産業省生活製品課

創立時から志してきた海外事業の今

創立間もない時期から海外を展望してきた同社が初めて海外視察を行ったのは創業から7年後の1956年。初の海外進出となる韓国、タイ、台湾での子会社設立が1970年。1980年代に入ってからは欧州、米州、中国と、着実に海外での販売網を広げてきた同社は現在、売上の内3割を海外で稼ぐグローバル企業として成長している。海外事業を抜きにして同社を語ることはできず、各地域での展開の進捗や課題を捉えておく必要がある。

■上:創業者である塚本幸一氏、初めての欧米視察 下:海外事業の歴史


出所:同社資料

1.米州地域

2019年7月に新興ブランドのLIVELYを率いるIntimates Online,Inc.(io社)社を買収したが、LIVELYの黒字化が見通せないとして2023年3月期3Q、101億円の減損計上を行った。一方同買収を経て同社は売上300億円規模を当面の目標として設定している。

■米州地域の売上高及び営業利益率 上:(通期)下:(四半期)



出所:同社開示情報を基にリンクスリサーチ作成

2.欧州地域

欧米マーケットでは、高価格帯商品や体形の豊かな顧客を対象とした商品に絞って提供する戦略をとっており、販売網を構築していないため欧州地域では高い利益率を実現している。しかし欧州でも国内と同様、低価格帯商品の普及が広まってきており、高価格帯商品にのみ注力するこれまでの手法の転換を進めている。また、ドイツやオランダをはじめとしてECの拡大余地も大きく、同社にとって伸びしろがある地域となっている。

■欧州地域の売上高及び営業利益率 上:(通期)下:(四半期)



出所:同社開示情報を基にリンクスリサーチ作成

3.中国

人口が多い中国は本来、量を作って一気にマーケット作っていく文化であるが国内政治や地政学的面で不安要素が大きいため、既存製品で安定的に収益を出していく戦略で現状のところは進めている。順調に進めば中長期的には中間層向けの商品を拡大することによってEC比率を高めていきたいと考えており、人口が多いだけにこの戦略が成功すれば大幅な増収も期待される。また、中国を含むアジア地域全般では欧米地域とは異なり、販売員を定着させるビジネスモデルを展開している。

■中国地域の売上高及び営業利益率 上:(通期)下:(四半期)


出所:同社開示情報を基にリンクスリサーチ作成

ワコールHDの中の異色、ピーチ・ジョンから学ぶ

国内事業を牽引する子会社ワコールは過去に複数の事業譲受や国内会社のM&Aを実施してきたがその中で1社、今勢いのよい買収企業がある。若い層との接点を増やしていこうとの戦略に基づいて当時とても勢いのあったタイミングの2007年に買収した、ピーチ・ジョン。しかし買収後、マーケットのECシフトに伴って強みとしていたカタログ上でのイメージ展開戦略が行き詰まる。それから10年をかけて努力の末イメージ転換に成功し、コロナ禍中の2021年3月期に売上高及び営業利益共に大幅回復の復活を遂げた。ユニクロで1枚目を購入した顧客が2枚目を購入するブランドとしてポジション取りにも成功し、今後も成長が期待されている。SNSなどから時々の費用対効果が高い媒体を選んで発信し、瞬間的に顧客を獲得するなどマーケティング手法にも長けている。

見事復活を遂げたピーチ・ジョンの現在の経営スタイルは、ワコールHDの中で異色。ワコールがグループ会社として仲間であるピーチ・ジョンから学べることは多い。

■ピーチ・ジョンの売上高及び営業利益率 上:(通期)下:(四半期)



出所:同社開示情報を基にリンクスリサーチ作成

■ピーチ・ジョン、業績回復までの道のり

出所:同社資料

■販売地域毎の各チャネルの割合

出所:同社開示情報を基にリンクスリサーチ作成

業績推移

最後に、全体の業績推移を俯瞰する。

■売上高及び営業利益率(通期 1998年3月期~2023年3月期(予))

■売上高及び営業利益率(通期 2017年3月期~2023年3月期(予))

出所:同社開示情報を基にリンクスリサーチ作成

2023年10月24日成長株投資, 銘柄研究所

Posted by usamiseira