アニュアルレポートってそんなに大事ですか?

株主通信の長ったらしいやつ。それがアニュアルレポートです。

業績、セグメント、財務状態などをきれいな写真と絵と文章で書いたもの。薄いですが結構いい紙で印刷されています。最近は統合レポートと言って、業績だけでなく環境問題とか業績とは直接関係ないトピックを盛り込んだレポートも増えてきました。

1 どのくらい意味があるんでしょうか?

けっこうあるという人もいます。

ひふみ投信の藤野さんによると(日経新聞より引用)

「アニュアルリポートで役員の写真が載っていない企業は、ガバナンスの体制が整っていない可能性が高い。経営陣が無意識に情報を隠したいと思っている表れだ。IR担当者が、顔を出したくない役員からの叱責や反発を恐れているのかもしれない」

「就活生なら、長く働き続けるためのポイントでもある社内の雰囲気が気になるだろう。目当ての企業のホームページを見て、社員が出てないところはまずは避けた方がいい。アニュアルリポートもホームページ内のIRコーナーにある。役員の写真の掲載の有無で、志望企業を絞り込むのも手だ」

私はこれに反対です。

アニュアルレポートや会社のウェブサイト、ましてや掲載されてる写真から何かを推測すべきではありません。これらは会社の外装でしかありません。

ドナルド・トランプのようにいい家に住んでいい服を着たサイコパスはたくさんいます。「服装の乱れは心の乱れ」という言葉がありますがこれホントでしょうか?嘘だとおもいます。

アニュアルレポートはかなりのバイアスがかかっています。見栄えが良いものができるかどうかは開示姿勢と言うよりむしろ、広報担当者のやる気と、予算によります。

私はアニュアルレポートの制作代行業者にいたこともあります。そのあたりの経験も踏まえて書いていきます。

引用1) 成長企業は顔写真で見分ける レオス藤野社長 就活生と学ぶIR資料の読み方 2020/1/8 6:00日本経済新聞 電子版

2 良い写真は会社の積極開示姿勢の現れか?

違います。会社にお金があるかどうか、と広報担当者にやる気があるかです。

写真をとるのはタダではありません。カメラマンを手配して、被写体に集まってもらうためのスケジュール調整をします。カメラマンの撮影費用が1日10万前後なのでそれを3倍ぐらいにして、30万ぐらいを請求します。これがとれるかどうかです。

毎年役員の写真をとる、というところもありましたし、「昔の写真のほうが好きだから」という理由で5年ぐらい前の社長の写真をずっと使ったこともありました。役員が忙しくてスケジュールが調整できない場合は昔の写真を使います。

従業員を集めて写真をとろう、となった場合担当者を通して従業員に協力してもらう必要があります。だいたいの人は「そういうものに載るのは恥ずかしい」と思うようなので載っても良いという人を探してもらいます。

ほんとにそれだけです。カネと、時間と、協力してくれる人がいるかどうか。

本業とはあまり関係がありませんね。

3 社長のインタビュー

社長インタビューがあるアニュアルレポートもあります。でも注意してよく読んでみてください。短信や有報の文章と文体が似てませんか?それは資料からコピペしたものです。

そうでなくてもだいたい代行業者がゴーストライティングしています。普通は社長にインタビューする時間をくれて、その内容をまとめて書き起こします。(社長の年始インタビューが載ってる社内報を渡されて、適当なインタビュー記事を書いてくれ、と言われたこともありました。)

実際にインタビューしてるからと言っていいものであるとは限りません。結構問題があります。結局あの表現はカットしてくれとか、ここの表現はこう変えてくれ、と担当者から細かい注文が入ります。

インタビューで「わが社の製品は単体では利益率が低いので組み合わせて高利益のモジュールとして売りたい。」と社長が言っていたので、インタビュー原稿に盛り込んだところ「我が社の製品の利益率が低いとは何事であるか!」と担当者から叱られたこともあります。

そういうもんです。

4 アニュアルレポートは結局カネです

えーと、40ページ前後のレポートでだいたい400万から500万。製作期間は半年ほどでしょうか。

かっこいいものが作りたいですか?ならイラスト載せましょう。誰かに描いてもらわないといけませんが。見栄えの良い写真も載せましょう。業者から買わないといけませんが・・・・。

インタビューやりましょうか。カメラマンも手配してこのぐらいかかります。人目を引くような冊子にしたければ良い紙を使いましょう。加工も入れましょう。それだとこのぐらいかかりますけど・・・。

うわーそうなんですか。ウチ、最近業績いいんですけど、上の方からコストカットの指令が来てて、前年の予算は超えたくないんですよね。

そうするとこれとこれは削って、ここはページ減らして、この写真は使いまわしでいいです。この写真はうちから提供するので買わないでください・・・。紙を安いのにすると値段下がりますか?じゃあ安い紙で。カラーも減らしましょう。えーとあとは・・・。

そんなもんです。

5 投資家や求職者が知りたいことはなんでしょうか?

「どうしてこんなに儲かってるの?」です。

その上で投資家であれば、「資金を投じたい」とおもうでしょうし求職者であれば「私はこういうことができるので御社で働かせてほしい」となります。

雰囲気が良くて楽しく働けても赤字企業ではだめですね。儲かってる企業は社内も明るくなります(儲かってるブラック企業もまあありますが)。で、儲かってるかどうかは暦年の財務諸表を見ればわかります。これはバイアスがかかりようがない資料です。でも財務諸表だけでは「どうして儲かってるのか?」がわかりません。

新報国製鉄が他の製鉄業者と比べて飛び抜けて利益率が高いのは、同社が他社が作れないレベルのインバー合金が作れるからです。扶桑化学があれだけ利益率が高いのは同社の作るコロイダルシリカを誰も作れないからです。加えてエグいレベルの設備投資をしているので参入もほぼ不可能です。アマゾンが世界を牛耳ってるのはリテールが強いからではありません。同社のサーバーがないとウェブサービスが作れないからです。

そういうことは会社の開示資料にはまず書いてありませんし、写真からもわかりません。アナリストレポートにかろうじて書いてある程度です。

投資家や求職者の方は見栄えの良い写真や冊子ではなく、企業の本質である「どうしてこんなに儲かってるの?」に注目してほしいと思います。

上場企業は(競合が心配でなかなか言いにくいところもあるでしょうが)「どうしてこんなに儲かってるの?」が端的にわかる開示資料をたくさん作って欲しいと願います。

その他

Posted by 古瀬雄明