株価シナリオのモデルと伊藤のレンマ  by yamamoto

2019年12月1日

世界的な確率論の学者である伊藤清さんが1940年代に、Kolmogorovの論文「確率論における解析的方法」(Math Ann. 1931)を読んで、誘発されて、構想を立てたのが、以下の確率微分方程式でした。

{X}を連続時間tの変数としたとき、(X=株価と思ってください)、

E(ΔX| X =x) =a(t,x)Δ + o(Δ) 

V(ΔX|X=x) = b(t,x)Δ + o(Δ)

がKolmogorovの理論の出発点でしたが、そこから、以下を思いついたのです。

dX(t) = a(t,X)dt +√b(t,X) dB   – – – (1)  

これを解こうとしたわけですが、確率の項でもあるdBは、もちろん連続ではないからStieltjes積分ができない…

(伊藤先生の時代は、測度論が確立していませんでした…定義域上の関数の集合上で積分するというルベーグ積分の発想が斬新だった時代)

(1)に数学的な意味を与えるためには、積分の形に直して

X(t) = X(t=0) + ∫[from 0 to t] a(s,X) ds +∫[from 0 to t] σ(s,X)dB —-(1.1′)

(σ=√b)

とまずは書いてみたそうです。

dBは前述のようにStieltjes積分では定義できない。(1.1′)の最後の積分項をどう定義するのかが問題でした。

∫ σ(s,X) dB = lim [|Δ|→0] Σ [from i=1 to n] σ(s_(i-1)) (B(s_i)-B(s_(i-1))) 

Δ= {0= s_0<s_1< … < s_n=t}, |Δ|=max(s_i – s_(i-1)) 

とここまでわかって、積分を離散的なものとして定義しなおしたのは、ブラウン運動が前の状態だけに影響を受けるということを利用したのですね。これで方程式が解ける形になったのです。

いまのわたしたちがフィナンシャル工学において、当たり前のように使っているのが、伊藤のレンマです。

伊藤先生は、その晩年、優秀な学生が数学が好きなのに医学部へ進学し、あるいは、数学が好きなのに、金融機関の高給に惹かれて学問の道よりも実学の道を選ぶことに、違和感を感じていらっしゃいました。いくら頭がよくて30分で素早くパズルを解くのは遊戯であって数学ではない。やはり好きな分野を徹底的に掘り下げることが数学なんだとおっしゃっています…

株価SがdS/S = μdt +σdZに従うとき、μは年率連続複利のドリフト率でσはその年率の上昇率の変化率の標準偏差ですが、f(S,t)=log Sとしてこれを偏微分すると、

∂f/∂S = S^-1, ∂^2f/∂S^2=-S^-2

になり、一方で

∂f/∂t=0

です。

伊藤レンマ

伊藤レンマとは、SがdS = a(S,t) dt + b(S,t)dBに従うなら、fは、

df= (∂f/∂S a(S,t) + ∂f/∂t + 1/2 ∂^2/∂S^2 {b(S,t)}^2) dt + ∂f/∂S b(S,t) dB

に従うというものでした。

f(S,t) =log(S)としたとき、伊藤レンマを計算すれば、dfが計算できて、

df= (μ-σ^2/2)dt +σdB

が結論になります。ここで(dB)^2=dtとなるのが先生の発見だと思います。それでdtの係数にσ^2/2の項が出てくる。これが投資家にとって極めて重要なのです。

株価が時刻tから時刻Tへと移るときに、Δlog S = log S(T)- log S(t)=(μ-σ^2/2)Δt + σ dBと置けるのですから、

log(S(T)/S(t))が平均(μ-σ^2/2)(T-t)、標準偏差σ(T-t)^0.5の正規分布に従うことになるからです。( – – – A)

この算出は、(dB^2=dt)の部分はそんなに簡単ではありません。S^2が自由度1の平均1で分散2のカイ二乗分布に従い、じゃあ、なぜ、S^2がカイ二乗分布に従うのかという点については、比較的容易にガンマ関数の初歩的な計算と置換積分でわかります。 nF(n)=F(n+1) (nは本来複素数まで拡張できる)

このレンマがブラックショールズ方程式で活躍。金融工学の全盛期を支えました。

 ここで、微小時間というのは、相対的なものであることが、長期投資家にとっては非常に重要なのです。100年という単位でみればΔt=1年とも見なせる。近似できる。

単利のS(t)/S(t-1)-1の系列からその平均のμやσを計算できます。そして、取材から業績予想に用いるμとσを決定して、(区間推定でよい)、将来シナリオの期待値と下振れリスクを計算するのです。σが大きいと下振れリスクが大きい。もちろん、高いμと高いσというのは相対的なものですが、時間比例部分、μ-σ^2/2の項が非常に重要になってくるのです。

なぜでしょうか。それはまずは、観測したμやσが単利ベースのものだから。最初から連続複利とすればこの問題は生じません。単利は上へのジャンプを過大に表現し、下へのジャンプを過少に評価するので、その平均は連続複利ベースでは正しくなく伊藤のレンマで補正する必要があるのです。ジャンプ自体の分散が単利と連続複利で補正されていないのは、分散の性格から明らかで、上に長く、下に短くなるだけで、トータルでみたら補正が不要になるからです。このように単利と連続複利とを結びつけるのが伊藤のレンマです。(単利から連続複利への橋渡し、二次近似ができるというのが伊藤のレンマの素晴らしいところでした…通常は、分散がdtの一次の項になるなど、思いもしないはず)

(単利ベースの)ボラティリティσが、株価の変化率(連続複利)の期待値に反映されるというのは、PERやPBRでは観測できないことです。伊藤レンマからの帰結です。いくら単利ドリフト率μが高くても、標準偏差σの2乗でぶち壊しという銘柄は、見かけではextremely low PERになるからです。(そこから、わたしたち、21世紀の成長株長期投資家は、20世紀の遺物である悪質な指標であるPERやPBRなど一瞥さえする必要がないと信念を持つようになったのです)

最初から連続複利で平均や分散を計算すれば、確率過程は連続複利ベースの平均と分散に従います。よって、単利の計算と伊藤のレンマによる対数世紀分布。連続複利の計算と正規分布。この二つが両方扱えるのが好ましい。物事というのは、多面的に分析する必要があり、同じ結論であっても、二つの方向から攻めていくのが定石です。結論がかりに違う場合、なんらかのシグナルですから、非常に重要なことを伝えているわけですから、二つの手法を併用するのはよいことなのです。

単利表現でS(t)/S(t-1) -1 の系列の標準偏差が高いとき、たとえば、σ=50%の配当変化率の標準偏差があれば、2乗して2で割っても、12.5%の成長を食ってしまう。単利表現であっても、平均ではなくて、標準偏差の言葉で平均が表現できるのは面白い現象ではないでしょうか。とても面白い。

それじゃ、いくらROEが高くても投資家は評価できない。そういう具合。これがσ=10%であれば、2乗して2で割れば、0.5%のペナルティにすぎないから、ROEが20%あれば、なんてことない。

それが、メインシナリオである(T-t)の時間に比例してくる。これがわかっていないと、成長株投資なんていうものはわかったことにならない。

もちろん、下振れシナリオは、時間の平方根に比例する。だから、μさえプラスであればいいんだという議論が起こる。

本当はそうではないのですが、実務上は、μとσさえ理解すればそれでいいという考えもある。最初から連続複利を採用して、log(S(t)/S(t-1))の平均と分散を考えれば伊藤のレンマは不要。少なくともわたしと相川さんが主催するリンクスリサーチの株の学校の長期投資ゼミの生徒さんには、二つの手法を両立して複数の分析を行ってほしい。(卒業生の中には10以上の違うアプローチを試した人もいて、そういう態度が望ましいですね)

今日は、グロース銘柄発掘隊のAさんがマニーを書いていますが、10年のタームみれば買いになるのですが、5年じゃ厳しい。そういうと、いや、3年で割安がよい、いや、2年でも割安がよいというのが通常の成長株投資家の欲張りな部分なのですね。そうした考えは根本的に違うかもしれませんよ。時間というものをよく理解すれば。(何を言っているのでしょうか??? ) つまり、時間というものは、自分の生きているペースで考えては投資の間尺に合わない。二つのケースを考えてみるとき、まずケース1では3年では割高で6年で割安になる株、ケース2は10年では割高だが20年では割安になるケース。みなさまは、速攻、ケース1の案件がケース2よりもよいと思うでしょうか。でも、本当にわたしたち人間はそんなことが理解できるのでしょうか。本当にケース1しかない言い切れるだけのエビデンスがあるのか。われわれの生活感や感覚の時間で判断してよいのだろうか。日々を懸命に生きるわれわれは時間を正しく捕らえられていないのではないか。3年は短く10年は長いなどとそのたったの7年の違いを神様は大きな違いとして天上から意識しているだろうか。していないはずですよ。多分、同じなんですよ。3年も5年も誤差にすぎないのではないのかなあ。そんな気もするのです。自己否定というやつでしょうか….

株の学校長期投資ゼミでは、来年からは、単利表現からの連続複利への橋渡しとしての伊藤のレンマまで取り入れた授業をするつもりです。こういうことは、算出の過程がわからなくても、教科書からの事実として受け入れ、エクセルなので普通に使いこなせばそれでよいと思うのです。あとは区間推定を徹底する。母平均と母分散の推定ですね。それとビジネスモデルと業績予想。ここは実践ですね。(1つの時系列の処理の仕方にすぎないことです)

事実として、こう株価評価してください、ということになるだけ。そんなに難しく考えないことです。この評価のDDMへの適応は、資本コストをどう扱うかというだけの問題ですから。割引率を現在価値算出に使うのか、マルコフ過程を将来価値の下振れシナリオとして使うのか。あまりにも現在価値一辺倒になっているので、ボトムアップからの業績予想との整合性を取ることにしています。前述「A」の評価は、市場のバリューエションでもこの通りになっていると思います。(つまり一見高いPERがそうでもないことがAからわかる….)

色眼鏡を正す訓練としてAを使ってみてはどうでしょうか。

(長期投資ゼミ(株の学校)をもう少しわかりやすくならないかという要望があり、その要望に応えるために、一旦、中断。半年の猶予を置くことにしました。来年のゼミは4月下旬に開講する予定です)

2019年12月1日成長株投資の理論と分析手法

Posted by 山本 潤