5301東海カーボン – 電極バブルの先は… - by yamamoto/usa
この記事は山本 潤が主催する定額運用サービス、[10年で10倍を目指す超成長株投資の真髄]のサロンサービスのうち、過去のライブラリーから、投資判断やバリューエションの部分を全面的に削除した上で、企業研究のレポートとして再編集したものです。メルマガをご覧になりたい方は、以下のURLから無料で会員登録ができます。ぜひ、ご登録をお願いします。
当記事は2019年5月1日に執筆したものを再編集したものです。(yamamotoが前半の部分、usaが後半部分の分析&グラフを担当しています)
PER4倍(2019年11月時点:6倍)で増益基調の会社で配当利回りも3%以上の株があります。
東海カーボン(5301)です。炭素製品の大手企業です。
世界的に黒鉛電極の需給が逼迫している状態が続いています。
売価が急騰してこの数年の利益の増加は目を見張るものがあります。
注目は黒鉛電極の動向です。
2018年通年の同社の黒鉛電極の売上は1021億円、営業益は560億円です。
ちなみに前年の黒鉛電極の売上と営業利益がそれぞれ236億円で14億円でした。
全社売上は2018年12月2313億円(前期は1063億円)、営業利益は753億円(前期は111億円)でした。
東海カーボンの低いバリューエションと強い業績モメンタムから、投資家やアナリストの多くは超短期では「買い」の判断をつけると思います。
私も短期は強気、しかし、中長期は弱気の一人です。
こう思った方が多いのでは?
PERなどの株価指標は突出して低い数字が並びます。
PERが今期予想で4倍台。
これは非常に低いです。(PER4倍は割安と表現しません。単にPERが「低い」と表現します)
こういうロジックの方がいらっしゃると思います。
クイズ形式で…
1) PERが5倍なら5年で元が取れる、ということですね?
2) PERが5倍なので、せめてそのうちに8倍とか、7倍に株価が上がっても全然違和感ないですね?
答えは二つともYESです。
ただし業績が維持できるのであれば、という前提が付きます。
今回は、その可能性を探ってみましょう。
黒鉛電極事業は、同社が買収した米国事業もすこぶる好調です。
環境問題等の理由から、中国政府が本腰を入れて競争力の低い中国内の低品質電炉を潰してしまったのです。世界中の鉄鋼市況がそれにより持ち直しました。
ですので、簡単には、鉄鋼市況が崩れる要素がありません。
さらに、米国などは鉄鋼製品に高率の関税をかけ、自国産業を守る姿勢を示したことで、米国の電炉各社の業績に死角がないのです。
世界景気の急速な悪化は当面ありそうにないため、短期では同社株は反発余地が大きいと判断できるのです。
ところが、今回、私の長期の同社への投資判断は弱気に過ぎません。
なぜ高い評価ではないのでしょうか。
その点について、ご説明したいと思います。
大きなリスクに見合うかを見極める
まず、ご指摘したいことは、この株が、とっても大きく動く、ということです。
つまり、大儲けできるかもしれませんが、大損するかもしれないということです。
数年前まで200-400円ぐらいだったので、1-3年後に市況が悪くなれば業績は急速に悪化する可能性もあるのです。倍にすぐなる株は半分にもなりやすいのです。
株価の動きやすさの尺度は、株価の変動率の標準偏差(いわゆる連続複利年率ベースのボラティリティ)で測ります。
例えば、過去一年で見ると70%台であり、TOPIXの4倍の水準で高水準にあります。
株価変動の大きさは、業績面のリスクの大きさの反映です。
例えば、売上の変化率(増収率)の標準偏差にも表れています。
過去27期間の増収率の標準偏差は26%(連続複利)です。
過去10年では32%です。
全上場企業4000社弱のうち、増収率ランキングを見ますと、
前期の同社の増収率は全上場企業中堂々の12位です。
ところが最下位に近い全上場企業中3000番台の増収率(10%以上の減収率)を2010年以降、3度も記録しています。
つまり、野球の打者に例えるなら、ホームランか三振か、どちらかという極端な選手と言えます。
増収率の標準偏差が30%とは、ディフェンシブ株の10倍の大きさです。
例えば、JR東日本の増収率の標準偏差は2%です。
業績の変化が非常に大きいため、業績がよくなるときはイケイケドンドンで非常によい株なのですが、業績が悪くなるときには目も当てられない悲惨な株になることを示唆しています。
解釈としては、1標準偏差分だけ売上が減少したら利益はどうなるかを考えてみればよいのです。
投資家の心構えとして、最悪の状況を想定しておくのは好ましい態度です。
今後3年間の高水準の投資
同社は過去2年で700億円近くの大型投資を実行しました。
今後3年でさらに1100億円を投資する計画です。
1100億円のうち、既存事業の環境対応や更新投資が600億円。
成長事業が500億円です。
従業員も800人増強。海外を中心に買収などを進めたためです。
このような高水準の投資により、今後は固定費が上がることが予想されます。
また、同社の売上高営業費用比率(売上を営業費用で割ったもの)の変化率の標準偏差も7%を超えています。これは、同社の製品の価格が市況に大きく左右される結果、非常に高い数字になっています。
過去10年では11%まで高まります。
市況が11%年下落するとしましょう。
限界利益率が現状の40-50%台から30-40%台へ落ちます。
となると400億円の減益。
電炉メーカーの設備投資の需要に左右されるので、出荷数量も減少することを想定しなければなりません。
そうなると利益は4分の1になってしまいます。
(固定費が上がっているので)
営業利益が1000億円だと思っていましたが、実は数年後に200-300億円になってしまう可能性があります。あくまで可能性の話をしています。
株の中には、10年後も、利益が97%の確率で現状の8割以下にはならないものも多数あるのです。それを差し置いて、あえてリスクをとる、ということは、それに見合う差別化された高収益製品群の数量成長が要求されます。
差別化できる商品であれば、利益率は安定します。
ところが、黒鉛電極は中国でも作れる製品です。
差別化できる要素が低いのです。
東海カーボンは、多くの差別化商品を有していますが、現状の利益の過半が黒鉛電極ですので、他の成長製品が健闘しても全体の利益へのインパクトが小さいのです。
結局、黒鉛電極の市況と販売見通しが同社株を動かします。
短期の投資家であれば、黒鉛電極の市況が安定しているうちは、強気が維持できるでしょう。そして、短期であれば、黒鉛電極の需要と供給を調べることには大変大きな意味があります。
しかし、長期の投資家であれば、こう考えます。
少なくとも数年内に、市況の悪化が起こりうることは間違いない。
長期の市況の趨勢は予想できません。
ただ、市況が大きく下がる確率が一定以上あるのです。
その大きな不確実のみで、短期ではよくとも、長期では投資対象とはならないのです。
鉄鋼需要や、電炉各社の設備投資意欲、さらに、中国等の多くのライバル企業の動向をつぶさにウォッチできる方々であれば、短期の大きなチャンスをものにすることができるはずです。
ただ、私にはその能力がないため、同社を長期では推奨することができませんでした。多くの不確実や需給を読見切ることができなかったのです。
高いリスクプレミアム
例えば、60%の株価の変動率から推定されるリスクプレミアムはおよそ20%です。
マーケットで予想配当48円から1段階のDDMで評価をすれば、
スプレッドr-g(要求利回りと配当成長率見通しの差、理論株価算定に使われる)は2.5%ですので、配当成長率(ROEに1-配当性向をかけたもの)の将来のイメージは、株式市場では、17.5%で見ていることになります。
計算は、株価1500円が予想配当48円を(20.5-17.5)%で割ったものであるからです。ボラティリティから資本コストを20%としたのは、下落するリスクという事象をボラティリティのおよそ34%と見ているからです。(変動率の確率分布の左半分の重心がそこにあるため)。ちょっと話が専門的になりすぎていますが、まあ、そんなものか、と考えていただければよいです。読み飛ばして構いません。
現時点の「瞬間的な」ROEは35%以上ある同社ですが、将来の平準的なROEを20-25%程度で市場は評価していることになります。
今後5年の平均ROEが25%よりも高いと考えるなら長期で買いの候補となります。
黒鉛電極市況が崩れ、EPSが100円となれば、ROEは10%そこそこになってしまいます。市場では、その確率を3割程度は織り込んでいるわけです。
長期にわたってROE30%は維持できると思える人は長期でも買いの判断となります。
今回は、計算が多くて、わかりにくいレポートとなってしまいましたが、わからないことは「市場に聞け」が鉄則です。
市場に聞く作法がいくつかあります。例えば、理論を使う方法です。
株価は配当を要求資本コストと永久配当成長率との差で割ったものであると仮定したら、今回の計算となります。市場が与えた株価から逆算しただけです。
株価の変動から資本コストが計算できます。資本コストの計算のやり方は、定義の仕方によって何万通りもあります。今回は、最も原始的なやり方を用いました。理論株価は無数にあるので、各々の理論株価で市場に聞くことが可能です。
多段階のモデルを適用するためには、長期業績が予想できなければならないのですが、同社の場合は、長期の業績予想が当たる可能性が低いので、私には業績予想ができない企業の一つです。石油や紙や鉄の企業も私には業績が予想できません。
長期には向かないかもしれませんが、短期ではボラティリティの高さを利用して投資機会として活用することは大いにありだと思います。
♦♦♦♦以下はusaが担当しています♦♦♦♦
黒鉛電極を扱う4大上場企業、東海カーボン・日本カーボン・SECカーボン・昭和電工。
1799年ボルタ電池の発見がきっかけとなり急速に進んだ、電気化学の研究。電極技術の進展に伴い1910年代、炭素製品の電力利用を目的とした会社が日本で初めて誕生した。東海カーボンと日本カーボンの2社であった。それから約20年後、同じく電極製造会社としてSECカーボンが誕生する。一方、総合電気化学会社として1908年から既に誕生していた昭和電工は、1988年にアメリカの黒鉛電極会社を買収したところからこの事業に携わることになる。
この4社を比較してみたい。
黒鉛電極は、その原料となるニードルコークスの扱い技術などにおいて差別化を図れる要素があるとは言われるものの、近年は需給に基づく価格の乱高下によって各社の業績が振り回されてしまっているというのが事実。
■売上高営業利益率
環境規制を背景とした政府からの地上鋼撤廃令を受けて閉鎖を余儀なくされた中国工場と、アメリカの対中国鉄鋼輸入関税導入の影響などの事情が重なり、最も活発な生産国中国での生産量が急速に萎んだことで、黒鉛電極の価格が急騰。
グラフには、これまでにないレベルでのバブルの様相がくっきりと現れている。
(※グラフは2018年度末までの数値を元にしたもの。今年度中間決算ではこの反動から各社減益の傾向が発表されている)
■売上高原価費比率
いずれも急落していることから、単純に販売単価が上昇した事による利益率のアップであることが伺える。
ただ、黒鉛事業以外にも複数の事業を手掛ける昭和電工は、他3社の売上高利益率がまるでジェットコースターの様相を示しているのと比べると影響度合いはやや緩やかにみえる。
最も大きく市場の影響を受けているのはSECカーボンだろうか。
それでは、資産負債指標の方をみてみたい。
■総資産対現金+投資有価証券比率
事業を多角的に展開している昭和電工の指標がやや弱い一方、SECカーボンはいずれの指標でも安定した様子を示している。市場に左右されやすい事業であるからこそ、いざという時のために直ちに発動できる蓄えを残しているといったことなのか、慎重な姿勢が伺える。
■売上高対設備投資率
こちらでも、SECカーボンが低い。設備投資に費用をかけず、既存の設備を工夫して使う方針なのだろうか。
■売上高特別損失率
■売掛金回転日数
生産するには火力発電を大量に消費する一方、EV自動車には必需の素材でもある、黒鉛電極。脱炭素運動をはじめとする環境問題とも深い関わりを持つ。火力発電以外の製造手法開発などといった面で今後他社との差別化を狙っていくことも可能なのかもしれない。市場に左右されないノウハウを生み出していくことができるのか。
今後も注目だ。
筆者について
山本 潤 (やまもと じゅん)
ダイヤモンドフィナンシャルリサーチ投資助言部にて投資判断者を務める。株の学校長期投資ゼミの講師。コロンビア大学大学院修了。哲学・工学・理学の3つの修士号取得。外資系投資顧問のファンドマネジャー歴22年。
日本株の成長株投資を得意としている。外資系投資顧問会社クレイ フィンレイ日本法人共同パートナーで日本株及びアジア株の運用などを経て投資教育の会社を設立。現在も年間400社前後の会社訪問と投資判断を行っている。
1997-2003年年金運用の時代は1,000億円を運用。
その後、2004年から2017年5月までの14年間、日本株ロング・ショート戦略ファンドマネジャー。
過去20年超の機関投資家としての運用戦績は年ベースで18勝4敗の勝率8割超。
現在は、DFR(ダイヤモンド フィナンシャル リサーチ)投資助言部において日本株ポートフォリオ22銘柄で投資判断の助言サービスを行っている。2019年11月15日現在、年初来では25%を上回る成績(TOPIXを10%程度上回る成績)を提供している。許容ポートフォリオ変動率は20%に設定。売買回転率の実績は年率55%。
財務分析者について
客員アナリスト 宇佐 聖(うさ ひじり)
大学卒業後、金融機関や会計事務所へ勤務。
途中、税理士資格勉強に手をつけるもどうしても税務に興味を持てないことに気付いて会計科目だけ取得して断念。その後、経営や会計を自由に研究できる株式投資の道へ。現在フリーで働きながら日々研究に勤しむ。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません