子育てコラム#30 新学期に臨む 読書のススメ  by yamamoto

2021年4月7日

4人の息子たちも4月になりそれぞれ進学しました。全員元気でなにより。子育てコラムも30回目となりました。とうとうこの備忘録に過ぎないコラムも30回目ですか。思えば当時、小学生3年生だった長男の野球少年の話、チームをやめたいという話、レギュラーになれない時代の話、中学受験をしなかった話、保育園からずっと同じ仲間と公立中学まで通った話、子供4人全員が受験をしないで区立中学にあえて行かせた話、不登校の友達を子供たちがサポートした話、いじめを許さなかった話、やんちゃな末っ子の話、わたし自身の高校時代の退学騒動など色々書いてきました。

長男は北大医学部で最終学年である6年生となりました。2022年から2年間の研修医生活に入るのですが、今年の夏にその受け入れ先が決まる予定です。どこになるでしょうか。そして来年の2月に国家医師試験が終わると結婚の予定です。楽しみです。千葉県に二人で研修医をする予定であり江戸川区在住の私たち家族としては非常に嬉しいことです。短い間ですが春休みは東京に帰省をしてくれました。

次男は東大文学部の倫理学を専攻し4月より3年生に進級しました。ようやくゼミが始まるそうです。大学の醍醐味はゼミです。わたしも思い出しますがゼミの発表は大変ですね。手を抜くとボコボコにされてしまうこともありますから。哲学や倫理学は普通の人には縁遠いものでしょうか。なぜ?なぜ?なぜ?と考え抜く日々を過ごしている様子。人をなぜ殺してはいけないのか。納得できるまで考えることも無駄にはならないでしょう。同級生は就活中ですが、就職活動は一切しない予定。今年の目標は司法試験の予備試験ですが、気長に取り組めばよいのではないかと親としては諭しています。人生100年時代です。何をやるにしても早すぎるぐらいです。

そして三男は都立小松川高校の3年生に進級。バレーボールと受験とを両立すべく奮闘しています。塾に行きたいと希望したため、今月から塾に生き始めました。クラス分けでは国立理系クラスとなりました。兄たちと違って受験勉強を始める時期が1年遅れです。勉強よりも自主練で体力作りを優先してきましたが、ここにきて勉強にも注意を向けるようになりました。物理学科を第一志望に決めました。今年は物理チャレンジに応募。物理に興味があるようです。

最後に末っ子は4月都立小山台高校に入学。高校生活が始まります。勉強に意欲があるようで数学や英語を中心に春休みの期間もしっかりと準備をしています。大学進学に興味があるようです。部活は小学校の時から親しんだサッカー部かジャンプ力を活かせるバレー部かの二択のようです。いずれにしても体育会系の部活に入部する予定です。最近はスケートボードの練習を夜遅くまでしています。なかなか難しい競技のようです。

4人の子供たちが頑張って全員国公立に通ってくれたお陰で教育費用は助かっています。ありがたいことです。

進級 おめでとう

妻は4人が義務教育を終えたことから、親の務めも半分終わったと安堵しました。親の思いは「あとはご自由に。好きな道を歩んでください」です。心が丈夫であること、健康であればもうそれだけで十分です。

ただ人生100年時代です。学びはずっと続けて欲しいものです。特に理系でも文系でも昨今は数学的な素養も共感できる素地も大切です。やはり古典や文学などに親しんで欲しいのです。

親が子供に何も押し付けなかったので、それぞれが選んだスポーツもそれぞれです。野球、サッカー、バレー。それぞれが選んだ学部もそれぞれです。医学部。文学部。理学部。

人生100年時代には職業訓練的なものを選ぶのはもったいないとわたしは考えています。はっきりとなりたい職業がある場合は別です。建築家になりたければ建築学科に行くべきですし、音楽家になりたいなら音楽大学に行くべきですね。

就職に有利になるからという理由で学部を選ぶのはもったいないことです。なぜかというとどんな職業であっても、その道を究めた方々はいらっしゃるのです。仕事をもてば、その道に精通する過程で様々な実学を学ぶことになる。最近は人手不足からか文系出身のIT技術者の方がむしろ多いぐらいです。文系でも卒業してからIT技術を学ぶようになります。だから就職に理系が有利とか不利とかはあまり重要ではないのです。金融に行けば、自然と財務分析や証券分析や経営論などはどうしても学ぶようになります。日々それをやるわけです。大学で学ぶ科目は好きな科目、興味がある科目を取りましょう。そして楽しい部活やサークルがあれば先輩や後輩や同級生らと青春を満喫すべき。羽目を外して留年するのもよいでしょう。

つぶしが効くという理由で法律や経済を選んだりしてもそれは学問とは言い難い。経済は学問ですか?と問われると、学問なのだろうが、どちらかといえば実践に近い。そんなことを運用業界のわたしが言えば問題かもしれませんが。数学科でも統計学は数学なのかという議論があります。数学科に進学しても統計を選べばそれは実学を選んだと見なされます。統計以外のものを純粋数学と呼ぶぐらいです。昨今はプログラミングの重要性が喧伝されています。わたしもプログラミングは一つの芸だとは思います。会津大学だけではなく最近は横浜市立や滋賀大もプログラミング学科を設置。社会的なニーズは非常に高く就職も確実にあります。年収も高くなるでしょう。ですが、そうした実学を選んだとしても、本質的な学問とも向き合って欲しいのです。

何が本質的か。わたしは大学院に行かなければどうしようもない学科に行くべきだと思うのです。プログラミングなんてといえば失礼ですが、言語は人に習うものじゃないです。自分でやるもの。しかし数学や物理は先人が積み上げたものをまず咀嚼出来なければなりません。それだけで(狭い分野でも)数年かかる。その後、自分で切り開いていく領域がある。それで人生一回分です。本質的な学問をやる場所は理学部がその代表だと思うのです。

文系はどうでしょうか。わたしは経済や法律をやるよりも、できれば子供たちには文学部に進学してほしいのです。歴史なんかいいじゃないか。哲学なんて最高じゃないか。古典なんか面白そうじゃないかと思うのです。人間というものをよく理解する。自分を理解する。他人を理解する。そのために感受性を磨いて欲しいわけです。最近は英語で教養を学ぶような国際的なプログラムも人気があるようですが、もちろん語学は特に英語などは年収に直結した時代もあったのでそういうことになっているのだろうけど、英語は手段であって学問ではないのですから。そこは間違えて欲しくない。英国の詩人を研究するために英語を勉強する。ドイツ哲学を学ぶためにドイツを習得するというのは当たり前の話です。ですが語学そのものを専攻するのはちょっともったいない。語学が好きならばそれでいいのですが。

読書

スマホやインターネットで動画をたくさん楽しめる時代ですが、4人の子供たちは読書中心の生活を送ってくれています。正直、わたしが読んでもわからない専門的な本が多く「お前たち、無事に育ったなあ」と思うことも多くなりました。子供たちから今でも感謝されている本があります。何冊もあるのですが、代表的なものをご紹介します。

「虚数の情緒」吉田武 著 (東海大学出版)

1000ページある大作です。著者の吉田さんはこう書いています。

一般に,数学は「論理一本槍の無味乾燥なる世界」と誤解されている様であるが,実際に数学者の頭の中に息づいている数学は,そうした硬質なものではない.論理的である事は,理の当然として,その先にある「美の世界」,そこに数学の本質がある.対称性や統一性といった,絵画や建築に,あるいは音楽に見出される美,それが数学を支えている.

 従って,数学を味わう為には,研ぎ澄まされた論理に耐える「知性」と共に,美しさに身を委ねる「感性」が必要なのである.如何に論理的に正しくとも,感情がそれを支持しなければ,決して人はそれを「わかった」とは感じない.ほとんどの人は,形式的な一般論よりも,具体的な例が身に滲みた時,初めてそれを実感をもって「わかる」のである.

 負数の平方根,「虚数」こそ,こうした意味での「具体性に欠ける典型的な例」として捉えられているのではないか,そう考えて著者は,虚数が大活躍する場面を数多く紹介した.それらの具体例を通して,読者が「虚数とは何か」を,「わかる」とは人間精神の如何なる状態を指すのかを,一緒に考えて貰える様に最大限の配慮をした.その結果が三部構成・総頁数千(四百点以上の図・表を含む)を越える本書なのである.

 本書は,理科と文科という無意味かつ有害な二分法を廃し,「あらゆる文化に境界など存在しない」ことを知って貰う為にある――主題は理科(虚数)・文科(情緒)の融合をも象徴している.『様々な分野は,一冊の本のそれぞれの章に過ぎない』というカルロ・ルビア(ノーベル物理学賞)の言葉ほど,本書を見事に表したものは他にない.

 青年は背伸びする.人は背伸びする心を失った時,老い始める.本書の全てを中学生が理解する事など有り得ない.しかし「手も足も出ない」「一行も理解出来ない」という事もない,楽しめる部分も多いにある.精一杯に背伸びして挑戦して欲しいと思う.

吉田さんの別の書籍「はじめまして物理」より素敵な言葉を書き出してみたいと思います。

言葉:吉田武さん「はじめまして物理」後書きより
「群れを離れる勇気を持つことが重要です。孤独を恐れず、周囲との違いを受け入れて、それでもなお、自分の道を進む気性が求められます。」
「如何なる努力も、どのような才能も、運には勝てません。運の有る無しは、人の生死をも分けます。努力でなんとかなるようなものは運とは呼びません。問題はそんなところにはないのです。運があっても無くても、やるのです。成果が出ても出なくても、成功してもしなくても、そうしたこととは無関係に、ただひたすら好きなことを極めていくのです。努力が運を呼び込んでも呼び込まなくても、誰に自慢することも恨むこともなく、只々続けていけばいいのです。科学と芸術は全く同じ意味で人間性を育むものです。科学は大自然そのものに対する人間の愛の表現なのです。」
「自然界の謎を解く、論理の果てを極める、そうした大志とは別に、透明な気持ち、全身に漲る充実感、全力を尽くした満足感、それらを日々感じることができること、それが本当のご褒美です。他人との比較でははい、自分自身への挑戦としてこれほど正直なものはありません。得難い人生の喜びが科学研究の中には溢れているのです」
ひとりだけど、めざすものがある。進め道なき道を。
人生の最大の目的は他人になることではなく自分になることです。
カッコイイ、こそ正義であり子供の価値の全てです。

書籍が自らの人生を切り拓く

わたしは顧客に何度も同じことをいうので飽き飽きさせてしまう悪い癖がありますが、顧客にいう言葉は「わかるものだけを読んではだめ」ということです。特許や専門書などの一回読んでもさっぱりわからないものに取り組んでこそ、投資の力がつくと考えてます。硬いものを柔らかくすることはできないわけですね。「虚数の情緒」は長男も次男も三男も読み、今、末っ子の枕元にあります。長男が高校生の時の愛読書でしたが、毎朝、通学では一緒に通ったK君と虚数の情緒の内容で盛り上がったそうです。二人は数学オリンピックなどに自発的に出るような高校生になりました。良書に出会うことで人生は変わります。偉人たちの偉大な教えを賜ることができるのです。わたしも歴史的な名著とされているものに触れるようにしています。ふと気がつくと、もうお亡くなりになった著者が横に現れて「うん、うん、ここは山場じゃよ、わしはここをこんな風に考えたんじゃよ」と偉人がもったいなくもわたしの家庭教師のようにふるまい、寄り添ってくれます。いや、幻影ですが、はっきりとした感覚です。

同じ時代を生きるもの同士であれば実際にふれあい、寄り添い、励まし合うこともできます。そして同じ時代を生きていないもの同士も深くわかりあうことができるのです。時代を超えた人間同士の付き合いを学ぶにはやはり内省し読書し内省し読書するという自分本位の時間の過ごし方が最も贅沢なのだろうと思うのです。

我が子には歴史的名著に触れてから人生を全うしてもらいたい。皆様もぜひ、動画を見る代わりに、たまには図書館にいきましょう!余計なお世話でしたね。すみません。

めげない集団のリーダーになってほしい

失敗を恐れずチャレンジする。赤ん坊や小さな子供は疑問だらけでなんでも興味を持つ。その好奇心をつぶさないようにわたしは子育てに向き合ってきました。大人が子供に習い事を勧めることが子供の好奇心をつぶすリスクであると考えて習い事も塾も行かせない育て方をしました。進学に有利な中学受験も敢えてさせなかった。受験を回避できる推薦入試や指定校推薦はあえて受けさせなかった。楽な道は選ばせず最後の最後まで自己力を高めるプロセスを経験させたかった。公立中学に進学してもらい保育園から共に育った仲間との強力な絆を重視し地元愛を育む作戦だった。地域のことを考え地域の高校に進学してもらいたかった。三男はそれを地で行ったのでうれしい。

親が子供のことを不安視しその将来を心配して先回するのは浅はかなことです。親ならば子供が元気であること、好奇心いっぱいであること、健康であることで満足し、後は子供の本来の持つ心の強さをそのままにしておく。好きなことならばめげずにやるわけですね。人間というものは。

ドラムに熱中したら練習する。難所にぶつかって何度も挫折をしても難所を乗り越えていく。試合で打てなくて悔しい思いをする。打てるようになるにはどうしたらよいか。考えながら素振りを繰り返す。新聞紙を丸めてボールをつくり兄弟でよく室内でバッティング練習をしましたが好きなことだから続けられるわけであって嫌いなことならばやるはずがない。

後はそれを集団に適用できる男になればよい。リーダーとしてチームを優勝させる。みなが元気がないときに闘魂を注入できる男になる。失敗してもめげずに、また最初からできるからラッキーだと思えるそんな男になる。そうなるためには、好きなことをやるしかない。そのようにして地元江戸川の海は泳げるようになった。海で泳ぎたいという一心で頑張った集団があったからだ。天の川が見える夜空を取り戻そう。ほたるのいる川辺にしようと頑張っている人々が多数いる。失敗に継ぐ失敗。だがめげることはない。他者からの批判にも強い。

好きなことをやる。自分の人生を生きる。就職で有利になるからとか、皆さんと同じでないと変に思われるとか、皆がやることをやらないと不利になるとか、そういうものではない。他者を意識するようなつまらない生き方はしてほしくはない。うちの子供たちは就職でエントリーシートは書かないでもらいたい。決められたレールに乗ることは楽しくはないはずだから。

できれば勉強のためにであってもインターンにもいかないでほしい。就職は数年間しないで欲しい。フリーターとして世の中を見つめなおしてほしい。そこで何かおかしいと思える理不尽があればそれを解決する人間になってほしい。何をするにしても遅いということはないのです。だから就職に有利な実学はあえて取らず、本質を極めて欲しい。本質。人間というものの本質を理解し、様々な価値観を持つ多様な人々と接してほしい。留学はしてほしい。そしていつも弱いものの味方でいてほしい。

2021年4月7日子育て・教育

Posted by 山本 潤