日本国家の逆襲 - 国家は企業支配力を高める- by yamamoto
日本国家の逆襲 - 国家が企業支配力を高める時代-
あけましておめでとうござます。DFR(ダイヤモンドフィナンシャルリサーチ)有料会員向けの週2回のコラムの一つですが、本年の基本運用方針を含むのでご紹介させていただきます。DFRではガバナンス重視でエンゲイジメント手法を導入しいたESG投資の方向を鮮明に打ち出しています。
世界の株式市場の時価総額の上位50社(2020/12末)のうち米国企業が31社と他国を圧倒している状況です。次いで中国が8社。スイスが3社。フランス2社。日本(Toyota)、韓国( Samsung)、台湾(TSCM)、オランダ(ASM)、インドがそれぞれ1社です。
米国はGAFAのようなグローバルプラットフォーマーを擁しています。GAFAはグローバルで稼ぐパワーがあり米国株の躍進を支えています。中国は米国人口の数倍というマンパワーを背景にやはり世界の株式市場の時価総額の上位を占めています。主戦場の自動運転や宇宙開発などでは米中が凌ぎを削っています。第三極の欧州は国民の環境意識の高さを武器にして環境規制や安全規制を強化することで企業の持続可能性を高めホワイト化を推し進めています。
その中で相対的には日本が苦しんでいます。日本企業は「中国や韓国に技術を盗まれた」とお決まりの古臭い負け犬の遠吠えだけでは一銭の収益も我が国には入ってきません。また「技術を盗まれた」だけでは企業は簡単には負けません。負けた理由は中国や韓国がメリハリのある設備投資や人員拡大を行いましたが、日本企業にはそれが十分ではなかった。
結果として日本国家は敗戦企業の処理をする羽目に陥ったのです。ジャパンディスプレイにエルピーダ。シャープ。これは他人事でしょうか。一度だけではなく何度も。国家としての屈辱以外の何ものでもありません。
いまや市場はグローバルなのですから、小さな国内需要をあてにして国内ライバルとの横並びの経営をしてもそもそも頭の中のスケールが世界企業とは違うのです。スケールが大きいほど経営効率が上がるのですから、日本は負けるべくして負けただけです。まだ日本には世界で戦える経営が少ない。「国家としてなんとかしなければ」という段階です。
幸い日本にも世界で戦える「遺産」がまだあり、世界トップクラスの省エネ技術があり、アナログ半導体や電子部品やIoTセンサーがあり製造装置や工作機械やロボットや材料開発もあります。
ユニクロのような東レとの共同開発をベースにした競争力の高い企業もあります。トヨタのようにスマートシティ構想を打ち出す企業もあります。しかし、日本の最大の遺産は現場の強さです。現場の日々の改善です。そして社員は真面目でハードワークです。チームプレイが得意です。こうした強みを活かしている企業は勝つべくして勝つのです。
例えばNIDECの創業者の永守さんは、M&Aでは、買収相手先の領収書は全部目を通す。
そこに組織の隙や緩みがあると考えるからです。相見積もりさえ取らないで設備投資を言い値で決めてしまった役員は株主への職務違反です。
実際、ぬるま湯の経営では全てに判断が甘くなります。スキーの回転という競技がありますが、ターンのごとにトップに少しずつ遅れをとり、参加はするけれども入賞ができない選手がいますが、一つ一つの領収書の積み重ねが経営です。
ですからガバナンスが確立され、もっと経営と現場に緊張があれば、企業の収益力は自ずと改善されるのです。神戸物産が食品工場を買収するときも「あえてだらしなく汚いダメな工場であること」(IR担当者)が条件です。1) ダメなほど改善余地があり2)ダメほど安く買収できるからです。勝つために戦略を長期でデザインする。何事も安く工夫することです。
日本の上場企業を見渡したとき、投資家がガバナンスを底上げする仕事をもっとしなければならない国家情勢なのです。グローバルの時価総額でみたとき、日本企業はランキングの圏外です。ダメすぎる。逆に、まだ強く大きくなる余地が日本企業にはあります。
できる工夫が目の前にある。愚直にそれをやろう!!官民ともに、そういう意気込みで仕事をしなければなりません。
次世代の社会基盤を担う企業がなければ、国家間の競争では負けてしまいます。例えば中国の振興EVメーカーNIOが8兆円の時価総額ですね。バッテリーをサブスクモデルで提供するユニークなビジネスです。そうは言っても誰でも思いつくことですね。それを本気でしている企業です。本気度の差です。
米国のテスラの時価総額は既に業界最大で70兆円規模です。一方、日産の時価総額はわずかに2兆円です。NIOの月産生産台数は数千台です。日産は数十万台の生産です。それでも、市場の評価は正しいとするしかないのです。日本でピュアなEV会社を作り10兆円規模の時価総額にできるはず。国家予算で実現すれば100-1000倍の価値を生む。国民は潤う。世界中にそのEVを普及させる。そういう青写真があるかないのか、なのです。
国家戦略の具体的なグランドデザインの有無が我が国にとって極めて重要なことなのです。
長期戦略で目指すべき目標があるなら愚直にそれをやろう!!官民ともに、そういう意気込みで仕事をしなければなりません。
日本においても国民間の経済格差が拡大し、経済はデフレ傾向が長期化しています。
民間のグローバル展開においては国家からの大規模支援はなく、民間が自らの利益を削って先行投資をして海外拠点を拡充している状況です。そこが中国のEVメーカと違うところです。中国では政府が用地や建物や人を準備して税金も免除して販路も政府が手助けします。中国ではIT活用が盛んで自動化に熱心です。環境対策も進んでいます。
国家は民間を規制できます。やはり国家には権力がある。そして民間には権力がない。だからやはり国家が強いのであって民間は弱いのです。民間にできることはオフショアでの租税対策です。
-企業を国家の味方につける-
これまで世界市民の中には巨大資本を人類の平等を脅かし格差を助長する敵としてみなし対立軸を煽るものもいました。今、パーセプションは大きく変わろうとしているのです。ベクトルは反対向きでは社会変革はできません。官民のベクトルを合わせることで世の中は前に進むのです。ベクトルを官民で合わせるということは、企業と国家が同じ方向を向くということです。そして国家にとって上場企業は税金を搾り取る対象ではなく、世界市場に大きく育て上げ、利益を永続的に稼ぐ国家の切り札的存在にすることです。
こうした中、日本国家の反攻が期待できる土壌が整ったのではないかと私には思えるのです。
金融行政の主体である金融庁や日銀や財務出動の主体たる財務省や政府。これらを日本国家と称しますが、昔よりも格段によい状況にあります。
一つは日銀やGPIFの日本株の所有です。合わせると80兆円規模です。これは素晴らしい。
政府の負債はマイナス金利からの収益が上がり、政府の資産からは株の配当収益が上がる。
負債からも資産からも両建てで儲かるという「素晴らしい」状況になりました。
狙ってそうなるようにしたわけですから、意図的な国家の勝利です。
株からの毎年2兆円弱の配当収益が国民の財産になります。おまけに益利回りが平均で5-6%あることが分かっている。株が暴落したときに出動するからGPIFの成績は概ね良好ですね。日銀も下がれば買いの量を多くしてそれを繰り返すから成績が出る。当たり前のことです。批判されるべきことでは全くない。
ただし80兆円の株式内容については少々、今後は保有の方針が変わってくると見られます。
GPIFが4本のESGインデックスを作り毎年のようにESG投資の比率を高めています。
遅かれ早かれ日銀も保有株の内容をよりエンゲージメントやESGフォーカスに変えていくでしょう。世界には3000兆円の投資がなんらかのESGフォーカスのファンドで運営されています。世界の潮流に乗り遅れては不利です。
-国民の支配玉としての上場株式の保有-
ESGフォーカスは必要です。なぜならば株式の保有はそれが将来、有効活用できなければ国家として困るからです。いくら時価総額が大きくても将来が諸外国の若者からボコボコに批判されるような商材を扱っている企業の株式を保有することは国民財産として相応しくないからです。「たくさん無計画にETFを買ったからいつかは売らなければならない」と出口を気にする人がいますが、杞憂です。そういう発想はもともと国家にはありません。
国家は意義ある価値を提供できる海外企業がいくつも欲しい。つまり狙いはグローバル規模の株式交換です。例えばNIOでもよい。1兆円ぐらい日本株と交換してもらってNIOから学び、日本が親日国にNIOに代わりに彼らの製品が優れているならば販売してもよいではないか。自前にこだわり海外開拓の失敗を繰り返した日本の製造業は過去から何かを学ぶ必要があります。世界で評価され若者に売れるものを保有しなきゃどうしようもないからです。
-グローバル市場間での株式交換-
世界の若者が関わりたいと思える共通の価値観を持つ企業でなければ誰も欲しがりません。たとえば、ニトリの家具やユニクロの衣料などは機能的でとてもジャポン(日本)らしい。外国政府やその若者たちが「ヒートテック。ジャポン、素晴らしい、うちにもっと欲しい!我が街にご進出ください」ということになるでしょう。そうなってはじめて日本国家はユニクロの株を有効に使える。ユニクロ株が国家の切り札になるのです。進出先の国家には「あなたの国の国民もこの株を持っていた方がよいですよ。それにあなたの国でこの経営の価値観が普及すれば自ずと国民が満足しますし、保有株価も上がり福祉向上にもなるのですから」と。
日本国家としても切り札となる有望株は外交にも使え、日本が足りない部分や必要な技術や有能な人材を調達するために海外企業との株式交換をすることもできる。GPIFと日銀の全ての保有株式を合わせてもやっとテスラが買えるぐらいの少ない金額ですがないよりマシな金額です。80兆円などそんな小さな金額なのです。
そのような積極活用ができる株式は少ないのです。ですから東証も批判にさらされるのです。TOPIXでは魅力がない。もっと未来人類のための魅力ある尖ったインデックスになぜしないのかと。色々改革をやってはいますが結果を見れば東証が上手くやりましたとはなかなか言えない状況です。社会改革の夢とかビジョンが新しいインデックスに昇華できなかったからです。
例えが悪いですが、タバコを製造する企業は健康を害するものを作っている。海外の意識の高い若者に、「どうですか。あなたの国でタバコをどんどん作りませんか」とセールスしても、今時の海外の若者たちは「馬鹿にするな。明後日きやがれ。俺たちはタバコなんか飲まない」と憤慨してしまうでしょう。同様に「日立や東芝の優れた石炭火力の技術はいりませんか?」とセールスすれば日本は国際社会から「日本ってバカなの?CO2のことがイマイチわかってないよねえ」と孤立してしまいます。一方で「風力発電が洋上で世界一効率よく発電できますよ」という企業があればそのアイデアに数兆円規模の価値で交換される。どの国も自然エナジーは欲しがるからです。
当然、EVはどの国の若者も欲しがる。ガソリン車は海外の若者たちは「バカにするな!石化燃料を燃やして走るほど俺たちは落ちぶれちゃいねーよ」と社会に憤怒の嵐が巻き起こる。月に4000台も売れないEVでも月に40万台売るガソリン車の価値をとてつもなく凌駕するというわけです。グレタさんは欧州から米州への移動でヨットを使いましたね。彼女は死んでも飛行機には乗りたくない。それは現代の若者の価値観がそうさせるのです。彼女が異質で特別というわけではなく、古い世代が古い価値観の中で生きていて彼女の行動が理解できないのです。投資家は若者の価値観に合わせなければ将来が当たらない。若者の価値観を見ることです。
今、若者は牛肉を食べません。大豆で代替している。環境負荷が低いからです。そして肥満を嫌っている。米国のIMPOSSIBLE FOODS社は「地球を破壊しない食の連鎖を作る」として大きな支持を集め、ハンバーガーには肉ではなく大豆で楽しむ。彼らは「地球温暖化の時計を逆回転させる起爆剤になる」と訴えている。その価値観が若者たちの共感を呼ぶ。
特にBLACK LIVES MATTERの米国の若者の運動に理解を示しその運動を支持しています。
若者はジョギングや健康的な暮らしを好む。カップ麺やホテトチップスなどのジャンクフードや酒アルコールやタバコに汚染されている我々の世代とは全く違う価値観で生きているのです。
-国家が逆襲する-
日本国家としては、ESGフォーカスの企業であって、人権問題に真面目に取り組む企業であって、多様な価値観を許容できる企業であって、北京の環境汚染や南米の熱帯雨林の保護に尽力できるような企業が欲しいし、そういう企業でなければ株式を交換できない。養殖も大規模にして一次産業を輸出産業にお化粧直しする。
国が上場企業の株を所有して国家戦略に沿う上場企業を応援しよう。
そう、国家は気がついたのです。
それでESG、SDGs、 ガバナンス、スチュワートシップ、エンゲージメントなどが急速に盛んになりました。国家戦略の中心がファンドの戦略になりつつあるのです。
例えば、経産省の令和2年の第三次補正予算にはこうあります。
カーボンニュートラルを目指すためには世界3000兆円のESG投資を日本に呼び込むつもりだと。また、文科省は10兆円規模の大学ファンドを創設し研究者をその運用益で育てる計画です。ガバナンスのしっかりした成長型ESGフォーカスの上場企業への社会的役割を利用しようとしているのです。
格差社会。環境問題。こうした深刻な問題を税金だけでは解決できないことがわかってきた。オフショア国家を利用してグローバル企業は母国に税金を納めてくれない。
-北風と太陽 保護主義の罠にハマるか 協調と寛容路線で全ての人類を前に進めるか-
そこで二つの相反するやり方が生まれたのです。一つは保護主義です。
これはトランプ政権が試みましたが、国家の分断を招き、国力を低下させてしまう。
その理由は仮想敵を作り「仮想敵を打ち負かしたら夢が叶う」という単純で嘘っぱちのフェイクだらけの妄想だったからです。
仮想敵になったのは中国であり、有色人種や移民でした。国家政策が社会の多様なベクトルを揃えられずに、ある特定のグループだけを優遇すると国は衰退しガタガタになります。KKKなどの白人至上主義団体が跋扈し我が物顔で街を練り歩き武装し選挙投票所で投票者を機関銃で威嚇する社会。有色人種や移民たちがトランプ敗退を涙流して安堵するという異常な世界。「コロナを蔓延させた」と低学歴白人がジェット機で移民する高学歴中国人を襲う。このような社会の分断からは何も意義あるものは生まれません。
トランプの北風作戦は失敗しました。次は太陽の出番です。
保護主義に対して日本が推し進めているのは上場企業の国家利用です。
トランプが負けた鉄鋼や自動車業界を北風の利用で復活させようとしましたが、日本政府は産業の構造の転換を目指すことに決めたのです。これは古い産業をソフトランディングさせ、新しい産業を興す取り組みです。その場合、上場企業と国家はパートナーになり、共に日本国民の公共の福祉の充実や人権の保護や国際社会での地位向上を目指すことになるのです。企業は国家の仮想敵ではなく、米国も中国も白人ももちろん敵ではない。
世界の多様な勢力を全て寛容さで結集し、多様性を武器にベクトルを一致させ、国力を底上げする。この方向性で国家がまとまれば株式市場は活性化する。国家の付加価値は世界に対する崇高なリーダーシップによりもたらされる。いわゆる欧州路線です。
税金をばら撒かずに再投資する。有望な企業の支配玉を保有して企業を通した問題解決のソルーションを提供する。そして世界に貢献する。結果として国家が豊かになる。そう国は気がついたのです。
-まだ足りない国家の支配玉-
私の考えですが、国家の保有株の残高はこれから飛躍的に増やすことになるでしょう。
80兆円では全く意味がない。今後50年をかけて保有総額400兆円ぐらいは保有するべきです。この50年が勝負です。
400兆円規模になると国家の上場企業への発言力が強まります。上場企業は短期的な儲けを気にする機関投資家よりも長期で未来の子孫のために頑張る国家の保有持分を歓迎するでしょう。
こうして初めて長期の国家戦略と上場企業の理念とのグランドデザインが結婚するわけです。そこに登場するのが企業の存在意義と崇高な理念です。その価値観を企業と国民とが共有するわけです。
参天製薬が全盲もそうではない方も一緒に参画できるインクルーシブ社会を築きたいと提唱する。その価値観に共感できる国民が多いならば、参天は国家の保有が正当化できる。国家=国民の長期の展望と企業の理念や存在意義が一致するように企業経営は対話し努力する。
-対話の力が発揮される時代へ-
企業と国家との対話がますます重要になるのです。
これは企業と半永久保有である国家(未来の国民)との対話ということになる。
そこに緊張関係を持たせるためには国民の金融リテラシーを大幅に向上させることが必要になります。すると金融業界も運用理論もガラリと変えていくことになります。
そうした社会の構成員たちのベクトルの一致が国家を永続的に熱くさせるのでしょう。
乱暴な議論満載のコラムになったのですが、世の中は少なくともそう動いているように私には見えます。だからDFRもそのように準備をする必要があるということです。
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