野球がつらすぎる。やめてしまおう。長男の退部届け 

野球少年の長男の話を2007年に書きました。2年後の2009年のコラムにはそのフォローアップがあります。

野球少年は、努力が実らず、レギュラーを外されてしまいます。

小学校5年生の夏でした。長男は「野球をやめたい」と親に相談。

妻と私は長男の意見を尊重し、退部届けを書かせました。妻はいいました。よくがんばったよ。もう十分だよ。わたしもいいました。やめたいならやめていいんだ。好きじゃないなら、無理にやることじゃない。

以下は、2009年のコラムです。長男は6年生になっていました。

■2年が経ち、あの野球少年は?

小学校入学当時は、学校で一番背が低く、とにかく非力でした。

運動会では、短距離走では、体の大きな子には全く勝てませんでした。

そんなユウ君が、3年生に入部した野球クラブは、 過去20年間で何度も区大会で優勝している名門チームだけあって、レギュラーになるのも大変でした。

セカンドのポジションは、同僚に奪われ、しばらく補欠のセカンドとして、たまに試合に出る程度でした。

4年生では、外野にコンバートされました。 持前のミートのよさで、なんとかレギュラーになりましたが、打順はラストバッターでした。

素振りを繰り返すうち、血豆ができ、そのスイングは、少しずつ、力強いものになりました。

5年生になったばかりのことでした。

穴井監督に呼び止められ、「おい、ユウ、手を見せてみろ。やっぱり・・・」と監督。 みんなの前で、「こいつがうまくなったのは、これだけ努力しているからだ。 手が豆だらけだぞ。みんなも彼を見習ってくれ」と認められました

再び、内野にコンバートされたユウ君は、捕球時のグローブの出し方に悪い癖があり、その癖を治せないでいました。 厳しいコーチの言葉に耐えきれず、5年生の夏に退部を決意することになります。 「なにをやってるんだ!」 「ポジション変えちゃうぞ!」 という若いコーチの罵声の中で、心が折れてしまったのです

コーチ達にすれば、捕れないやつが内野を守っていては、チームが勝てない、 当然の厳しさでした。

ユウ君は退部を監督に告げると、すぐに、ベテランの岩永コーチが引きとめてくれました。 岩永コーチは、いいました。 「実は、俺も、練習が辛くて、やめたくなったことが何度もあった。でも、やめないで続けてよかった。」 もう一人の罵声を浴びせた若いコーチもいいました。 「厳しいことをいうのは、上手くなってもらいたいからなんだ。でも、言いすぎたかな。悪かったな。」

岩永コーチは、続けます。

「君は、野球が好きなのか、嫌いなのか、どっちだ。」

ユウ君は、こうこたえたそうです。

「野球は好きです」と。

岩永コーチは誘います。「好きなら、やろうよ。」

その後、しばらく沈黙があったそうです。

ユウ君は泣いていました。

 

ユウ君は踏みとどまりました。監督とコーチのおかげでした

今年、ユウ君は6年生になりました。 区の大会でチームは、見事ベスト16に勝ち残りました。 あと3回勝てば、上位大会である都大会への出場が決まる。 バットの素振りは、欠かさずに行っている。 その甲斐があってか、春の地区リーグ戦では、打率は5割を超える実績を残すことができた。 3年前は、内野を超えなかった打球が、いまでは、外野を超えていく。 彼の努力は、彼を裏切らなかったのです。

今のユウ君は、 野球を始めたころのガムシャラな努力はしていません。 「もっと上手くなりたい」という気持ちは、前面に出ていません。

彼の今の努力水準は、監督やコーチから見れば、多少、物足りないかもしれません。 いまは、落ち着き、半ば、惰性、半ば、習慣のような「野球のある週末」です。 中級者ともなれば、初心のころのモーチベーションを維持するのは難しくなります。 巡航速度の中で、ユウ君は、「自分なりによくやっている」と思っているのだろう。 それでいいんだと親として思う

どんな努力にも無駄な努力はない。

また、いずれ、自身の存在をかけて、超えなければならない障害が彼を待ち受けるでしょう。そのときに、彼は、必要に迫られて、自らの過去(初心)を振り返るでしょう

P.S.

我が家では、夜9時消灯で、午前6時30分に起床ということにしています。 せっかく6時半に起きても、子どもたちは、DVDを見たり、だらだらとDSでゲームに興じてしまいます。

早起きしてもこれじゃ、意味がないのかな。 そう思った私は、子どもが起きたとき、子どもを外に連れ出し、散歩にいくようにしました。 なるべく運動をさせ、朝ごはんをおいしく食べさせようという魂胆です。

また、ゲームをさせるのではなく、 わたし自らが本を読んであげるようにしました。 最近、小前亮の「三国志1 桃園の誓い」を音読しましたが、子どもたちは、 劉備や曹操に夢中になりました。 こどもたちの「朝を変える」ためには、自分たち大人が変わらなければならない? 「朝を変える」ためには、大人も夜、早く寝る、というリズムが必要になるのだろうか・・・ また、早く寝るためには、早く帰宅する必要があるのだろうか・・・ という具合に、単に「こどもたちの朝のリズムを変える」ということが、 実は、わたしにとって、大変な努力を要するタスクである、と悟った次第です。(2009年)

本日、2017年8月1日。東日本医学部体育大会で大学二年生の長男は投手としてマウンドに登りました。結果は乱調。

2008年に退部届けを出した日のことをわたしは思い出していました。

いまさら、なのですが、穴井監督や岩永コーチに感謝をしました。彼らは選手が大人になっても野球を続けていることが本当に嬉しいのです。監督やコーチがいなかったら、彼は野球をやめていたんでしょう。

後に、わたしも次男のチームのコーチになり、穴井監督に仕えました。野球を知らない私ですが、小学生選手を叱責することだけは絶対にやらないように心がけたのです。

その後、三男、四男と小学校時代が続きます。わたしは結局、子どもを怒ったことは数えるほどしか、ほんの2−3回しかありません。親はガミガミ子どもを指導する必要はない!とわたしは考えています。

子育て ワンポイント

  • 習い事は子供がやめたいならば、親は慰留せずにやめることを快く了承する

 

公教育を共に支えましょう!

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