<書評> ”楽天IR戦記” から考える 企業と投資家の対話

2019年7月24日

企業IRと投資家が考えるべきこと

気になって読んでみたこちらの本。
楽天IR戦記 「株を買ってもらえる会社」のつくり方 市川 祐子
https://www.amazon.co.jp/dp/4822289680/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_2frnDb08Z2SRH
は企業のIR担当の方だけでなく、投資家にとっても多くの学びがあると感じます。

非常に面白く、企業にとっても、投資家にとっても多くの気付きがあると感じた。
書評の形で企業のIRがどうあるべきか、
投資家はどうあるべきかについて一部内容を紹介しながら書いてみたい。

以前こちらで企業のIRについて書かせていただいた。

”企業は大きな勘違いをしている ー時価総額で中小型に属する企業のIR活動で感じること by Ono | みんなの運用会議”
https://double-growth.com/about_ir/

この記事は特に中小型に属する企業のIRについて書かせていただいたが、
この本からも大いに参考になることはあった。

〇IRの目的は株を買ってもらうこと

2006年3月の増資後、株価が上昇
ロードショーを通じた投資家との対話で、希薄化以上に、見えていなかった価値を新たに見出していただいた証左
潜在的な成長が期待できる日本のインターネット市場で楽天が様々な分野でマーケットをリードする状況を妄想させ、
シェアや成長率などのトラックレコードを用いて期待値をしっかりコントロールした結果だったと思います
中くらいの妄想とチャレンジに投資家の賛同を得たと言えましょう

企業としては、中長期的な経営戦略に理解を示す安定的な大株主に保有してもらいたいものですが
大株主も、当然何かの理由で売ることがあります。
そんな時に次ぎん大株主が生まれるように、常に一定の数の大手機関投資家に重点的なIR活動をしています。
そして大株主が売買する時に適正な価格で充分な流動性を与えられるよう、ヘッジファンドなどの
短期投資家にも幅広いアプローチが必要です。

IRの目的は
投資家との良好な関係を築くこと
ではなく
株を買ってもらうこと
であり、投資家との信頼関係構築はその前提条件であることを再確認する

「株を買ってもらう会社」の作り方
というサブタイトルに惹かれて購入した。

最初の部分で早速、期待以上の記述を見つけた

”短期投資家にも買ってもらうようにIRする”
多くの企業にとって、少し驚きがあるのではないか。
多くの企業が
”長期の投資家に買ってほしい”
と望んでいる。

取材をしていると
個人投資家より機関投資家に保有してもらいたい。
という話を聞く。
上記の私の記事では、
機関投資家より、個人投資家のほうが長期であり、個人投資家へのIRに注力すべき
と書かせていただいた。

もし、
個人投資家が長期だ
という意見にご賛同いただけないとしても理解していただきたいのは

機関投資家に保有してほしいのであれば
まずは
流動性を高めなければならない
ということ。

ほとんどの機関投資家は流動性リスクをとれない。
上記の通り、
短期投資家にも幅広く情報を提供しなければならない。
IR開示が乏しければ大手機関投資家はおろか短期投資家さえ買ってくれない

IRに注力しようと考えてもマンパワーの問題はあるでしょう。

企業へのお願い!!
”IR専任の方を任命していただきたい”

事業を誠実に行っていながら
・WEBサイトの情報が乏しい
・説明会をしていない、説明会資料がない
というだけで、投資家が投資対象とせず、
本来の価値と株価に10%以上の価値のギャップがある企業など
時価総額の小さな企業には多数あるだろう。

情報格差をなくし、市場の評価が高まればIR担当の人件費などカバーできよう。

例えば時価総額100億円の企業が
IR積極化により1年間で10%の価値向上ができたとすれば、10億円の企業価値増加となる。

IRの積極化、開示資料の充実だけで1年間で10%も変わるということは難しい話ではないでしょう。

IR担当者の人件費など簡単にカバーできてしまう。

(効率化するために弊社でもレポートを作成したり、勉強会を開催したりと
少しですがお手伝いをさせていただいています)

〇”どんな未来を創りたいか”

楽天がTBSへの統合提案を発表した際の記者会見で三木谷社長が語ったこと。

”どんな未来を創りたいか”

 弊社リンクスリサーチが取材させていただく際は足元の数字の話はあまり聞かない。
企業の沿革から、ビジョン、強みは何か
ということが取材の中心となる。

その企業が何をしようとしているのかが重要であるため、競合についてもあまり聞かない。

楽天ではより多くの投資家に会うため、
三木谷社長
役員
IR担当
とそれぞれ、会うべき投資家を分担してIRミーティングを行うそうだ。
優秀な方が多数揃っているから、とうらやましくなる部分もあるかもしれないが、
真似する必要はない。少ない人員でもできることはある。

〇セルサイドのカバレッジに頼る必要はない

 多くの中小型に属する上場企業の悩みとして
”アナリストのカバレッジがない”
ということもよく聞かれる。

 証券会社のアナリストはセルサイドアナリストと呼ばれ、職業上、
買い推奨銘柄と売り推奨銘柄の両方を顧客である投資家(バイサイド)にタイムリーに示す必要がある
ドラマティックな見出しのレポートに反応する投資家もいることから
あえて買いか売りのどちらかに偏らせたい強い主張に出るアナリストも存在する。

残念ながら、セルサイドアナリストの活動の多くはバイサイド(機関投資家)のためである。
お金を出してくれるのが機関投資家なので、そちらを向いて活動するのは仕方がない。
単純な企業分析で”中立”のレポートではセルサイドアナリストの存在意義は半減する。
バイサイドは、売りか買いかの情報を求めている。

上記の通り、流動性が乏しい企業は機関投資家にとって投資対象とならない。
そういった企業をセルサイドがカバーしてもお金にならないのだから仕方がない。
その点でも、まずできることは開示資料の充実だろう。
できることは開示資料の充実に加え、
着実に毎期、株主の期待を超える業績をあげていく。
それにより、時価総額の上昇と共にバイサイド側から取材を申し込んでくるはずだ。
セルサイドのカバレッジに頼る必要はなくなる。
また、セルサイドはカバレッジせざるを得なくなるだろう。

とすれば、
まだ時価総額が小さい企業に市場流動性を供給する
個人投資家に対して積極的にIRをすべき。

という弊社としての結論は変わらない。

もちろん、個人投資家には
御社の事業を知ろうとせず、
まずは株主優待、配当。。。
という投資家もいるということに不信感を覚える企業もまだまだ多いだろう。

しかし、
株主還元についても明確なビジョンを提示すればよい
例えば
・株主優待はやらない
・配当性向XX%
・毎年EPSを高める
というように。

指針やビジョンがないことは投資家を遠ざけることである。
あれば、納得した投資家は株主になる可能性がある。

〇機関投資家の姿

一般に機関投資家は背後に年金な投資信託などの資金提供者がいて、資金提供者の利益を守るために一定期間で成果を出す必要があります。数週間から数カ月で成果を厳しく問われる短期保有の機関投資家が数の上では多数派です。

少数派の長期保有投資家の保有期間はというと、国内機関投資家ならせいぜい一年超、海外機関投資家でも1年から3年程度が平均です。成果が出なければすぐに職を失う厳しい世界
ところが英国の投資家は古い歴史があり、長年蓄積した事故の利益が多い事から、運用資産のうち外部の資金提供者の占める割合が他社に比べて低く外部からのプレッシャーが強くない。成長期から投資をはじめ、5年以上保有を継続する例がいくつもありました。

長期投資家が一回のIRミーティングで買わなかった理由
まず経営者の人物と志を確認して、次にビジネスモデルや事業の発展を支える人・仕組みを見なければ決断しない
この方にとっては、社長が語った妄想と期待値の間をCFOとしてどうつなぐのか、
それをCFOが直接英語で説明するのをきくことが有用だった。

機関投資家は長期
という見方は一度考え直していただきたい。
長期投資家はすぐには買わない。
そして経営者だけでなく、経営者をサポートするメンバーがいるか、も重視する。

私たちが個人投資家向け勉強会を実施したとき、
個人投資家が評価するのは
魅力的な経営者
であることに加えて、
サポートするIR担当がしっかりしているか。
という点である。

IRについては専任の方をおいて、権限を与えて、
ぜひ活躍の場を与えていただきたい。

〇情報は平等か

ひとつ気になったのはこの記述。

2011年6月2日
楽天KCをグループ外に売却することが発表された
売却に伴い1000億円近く損失が出る
3時15分に発表し、すぐにアナリスト・投資家向けの緊急説明会の案内をメールで送りました。

説明会終了後反応を聞くためにアナリストや投資家のところへ駆け寄りました
集まったアナリストの一人が
一言一言区切るように私に向かって言いました
”これは、いい話、ですよね”
”はい、いい話です”
即答した私に対して
アナリストの方たちは
お互いに顔を見て、軽くうなづきあっているように見えました
この瞬間、市場のコンセンサスが出来上がりました。

臨場感があって面白い。
ただし、この説明会は、オープンになっていたのか、50人ほど集まっていたとはいえ、気になるのは個人投資家も含め、集まれなかった投資家へ同時に配信出来ていたのだろうか。
もちろん、聞いていたとしても判断できないことのほうが多いかもしれない。
継続したコミュニケーションが取れていたアナリストだからこそ判断できたのだとも思う。
これに参加して、その情報を基に機関投資家だけが儲けられたとすれば残念に思う。

〇株式報酬のあり方

 シリコンサイクルに翻弄されやすい半導体事業を営んでいた前職では
一般従業員の努力と株価がかけ離れることが多く、株式を用いたインセンティブはごく一部の
上層部に限られていました。
一方で、楽天のように比較的幅広い層の従業員の努力が業績向上に結び付きやすい企業のばあいには
株式報酬を幅広くふよすることが効果的だと思われます。

これは今後注目していきたいポイントとしてメモしておきたい。
最近は多くの企業が日本版リストリクテッド・ストック(譲渡制限付き株式)を導入して発表している。
インセンティブ効果や事務手続き、税制、費用処理などが異なるので、企業の特徴や付与対象者の
属性などを考慮し、設計することになるでしょう。

〇東証一部上場に向けて

業績予想は対話のツール
それまで事業環境の変化が激しいため予想は非開示であった
一部上場に向けてどのようにすべきか

その通りだ。
業績予想を軽視してはならない。
”未達だったら投資家から指摘されるから保守的に”
というのもあまり好ましいモノではない。

また、中計を求めるのは長期的な方向性の対話をするためにも出す意味がある。
数字よりも、どこに向かうのか、どの程度のスピード感で、
そのために何をしていくのか。
それらが投資家と企業との間において長期的な視点での対話が生まれる。

結果的には
合理的な業績予想を数値で出しにくいことを理解され
定性的な予想を記述することでOKをもらいました。

これはどうなんだ・・・投資家目線では、予想が書かれていないことと一緒なんだが・・・。

一部上場と同時に公募増資”しない”選択
株価が上がったので引受証券会社から
”株価も上昇してきたことなので、やはり公募増資を行いませんか。数百億円だけでも”

”増資するなら資金の使途が明確でないと。よくある一部上場のついでにご祝儀でやりました、という理由には
投資家は納得しませんよ”

資金が入ればもちろん使い道はありますが、今はキャッシュフローがしっかり出ていますし、・・・
株主資本で増強する必要性はありません

株価は多少上がったけど資本構成上の必要性が感じられないよね

この判断をしただけで、楽天の市場に対する誠実さを感じることができた。
楽天に投資したくなったw。
短絡的だなぁ・・・いえいえ、なんでも良くとらえるんで・・・・楽天的なんですw

引受証券会社からの提案には、投資家を無視した話で憤慨してしまうところはあるが
投資家は
”ご祝儀でやりましょう”
というのを恒例行事のように半ば仕方なく受け入れているところはあるかもしれないが
楽天の判断は非常に素晴らしい!

〇個人株主のファンづくり

以下、BtoCの企業はぜひ検討してほしい。

株主名簿から過去数年間の傾向を分析
3分の1 1年以内保有の短期
3分の1 長期保有
のこりは 上がれば売り下がれば買う
という仮説が成り立った
個人株主はユーザーでもありますから、単に長期で保有するだけでなく、
会社の事をよく知り、サービスを使っていただき、ファンになっていただきたい
株主に楽天のサービスを幅広く利用していただき、利用率をトラッキングできるように

機関投資家だけでなく、個人投資家への活動も含め
IR活動の仕組化を行うようになった。

素晴らしい!
まずIR専任の方をおいて、
BtoCの企業にはぜひ同様の検討をしていただきたい。
BtoBの企業は難しい部分はあるが、ファンになっていただく方法は
他にもあるはず。
弊社でもこれをサポートできる方法はないか。
理想を提案したうえでそこに近づけるサポートを考えたい。

〇投資家と企業の認識のギャップ

IRにおいて経営者に話してもらいたい内容
というテーマを提示され
報告に当たり20社を超えるIR担当者にアンケートを行ったところ、
トップは
企業理念やビジネスモデルの強みなどの非財務情報
この結果に加え、私見として
経営者は中長期的な株主価値創造プロセスの全体を投資家に語ることが望ましく、
プロセスの最後の答えである短期的な決算数値だけを安易に聞かれることには違和感があること、
もし株主価値創造のプロセス全体を投資家が理解できれば、本源的価値の適正な評価が可能となるであろう

投資家サイドと企業サイドの認識のギャップは上場企業約600社の意識調査や株価などの膨大なデータを分析すればするほど、
深いモノののように思えた。
双方の言い分を出し切った後、なるほど一理あるとお互いの主張を認め、歩み寄る雰囲気が生まれたこと
例えば

企業が不満を感じている投資家の短期主義を反対の立場から見ると、
ROEの低さが投資家の長期投資のリスク許容度を低下させ、短期的な投資を引き起こしている
と言う意見

投資家の不満の一つである企業のコーポレートガバナンスに関する情報発信の少なさの背景には
投資家のコーポレートガバナンスへの質問が少なく、関心が低いと感じているという調査事実

企業と投資家の対話がお互いの立場に対する理解を深め
結果として持続的な株主価値向上を促すのではないか

大事なところなので引用が長くなりましたw

企業がIR専任の担当者を置かないのは
IRにの人件費というコスト面だけをみているのではないか。

コスト面だけ見ているということは、
IRというものに短期的な成果を求めているということ。
ぜひ
長期的な企業価値向上を実現するために必要な投資と考えて積極的に行っていただきたい。

IRをコストに捉えてしまうことには投資家側にも問題がある。
足元の数字、株主優待、配当など
短期的なことにしか目を向けない対話に対するコストを
”企業における投資と捉えろ”
というのは無理な話だ。

これは私たちリンクスリサーチの努力不足もある。

投資家との対話を積極的に行うことの価値を伝えなければならない。

上場企業は開示を積極的に行い、自社のビジョンを明確にし投資家との対話を行うこと。

投資家は企業の開示を見て、企業の本質をとらえ、企業に期待することを明確にし、伝える。

お互いの努力によって健全な市場が形成される。

そのために私たちも努力していきたい。

2019年7月24日コラム

Posted by ono