4890 坪田ラボ:世界近視マーケットへ羽ばたく直前 by 宇佐見

2023年6月27日

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4890 坪田ラボレポート_20221028

はじめに

眼科医として40年以上の実績を積み上げてきた坪田氏が自らの研究の蓄積を実装する場として、また、医学部領域における後輩起業家のロールモデルとなるべく、坪田ラボは設立された。「ごきげんな経営」をモットーとし、バイオベンチャーでありながら初期より黒字化を達成する同社は、2050年には世界人口の約半分が近視になるとも予測されるグローバル眼科市場で、まずは独自の強力な研究成果である、太陽光に含まれるバイオレットライトが近視を抑制する発見をもってこれからまさに世界へ羽ばたこうとしている。

沿革

1.眼科医として40年以上の経験を積む 1980年‐

坪田氏は1980年に慶應義塾大学研修医として眼科に勤務開始、以降今日まで40年以上、眼科の分野で幅広い研究実績を積み上げてきている。「ドライアイ」についてはこの言葉を坪田氏が作ったと言われる程、この分野へ道筋を通した人物として世界第一人者の評価を受けてもいる。近視、老眼の分野でも世界に通用する研究知識を保有するまでになった。

■坪田一男氏

出所: 坪田一男オフィシャルサイト

■起業前までの坪田氏経歴

出所:坪田一男オフィシャルサイト

2.同社の前身となる「ドライアイKT」「近視研究所」「老眼研究所」設立 2012‐2015年

2004年から慶應義塾大学教授に就任し教鞭を執りながら坪田氏は、長年積み重ねてきた知識と経験も糧に研究を進めて行く中で新しい治療手法について次から次へとアイディアが沸き起こってくる、しかしそれらを社会へ実装していく手段が非常に限られているという壁を感じるようになる。また、過去には坪田氏の研究を元にメーカー企業との共同開発という形で販売しヒットした商品もあったが収益配分は研究費のみで十分な配分を受けることができなかったという苦い経験もあった。そこで、この課題を克服し、かつ経験を活かすべく会社を作ることにした、それが同社設立の原点となる。2012年5月、「ドライアイKT」社を設立。同年「近視研究所」社、「老眼研究所」社も立ち上げ、大学教授の職を務めながら計3社の代表を務めることに。2015年2月にはドライアイKTが近視研究所、老眼研究所を吸収合併して、現在の坪田ラボへ商号を変更。これによって、3社がそれぞれ手掛けていたドライアイ、近視、老眼の坪田氏が最も得意とする3つのカテゴリーは、現在の8本のパイプラインへと引き継がれている。

■かつて坪田氏の研究成果が採用された商品 花王「めぐりズム」シリーズ

出所:花王HP

3.「バイオレットライト仮説」を発表、現在はトップパイプラインとして期待 2015-2017年

同社設立後も、坪田氏は大学教授の職と研究はそれまで通り継続。2017年2月には、太陽に含まれるバイオレットライトが近視進行を抑えるとする仮説を発表。近視は、その人口が2050年には全世界人口の約半数に上ると予測され、さらにコロナ禍でその数が急増する可能性も取りざたされている。現代人が直面するリスクとしてメディアでも取り上げられる等、社会でも問題意識が高まってきており、発表は注目を集めた。2019年8月からは眼鏡会社というよりモノづくり会社として名高いジンズホールディングス(東証プライム3046)との共同プロジェクトの着手も決まり、現在実装に向けたパイプラインの中で最も上市が間近として期待されるまでになった。

4.医学会の知見を社会実装、牽引するためMBAを取得2017-2019年

自ら会社を起こしてからも、眼科医領域のみならず医学会の知見を社会実装していかなければとの思いは坪田氏の胸中で依然として大きくなっていく。患者へ治療を施す際に使う医療器具は海外製のものばかり、いわゆる医療の輸出入の格差を常に身近に感じていた坪田氏は、日本の患者を治療すればするほど海外へお金が流れていく、この仕組みを変えたいという思いも強く抱いていた。しかしながら大学発ベンチャーは知財が強いが経営が弱点。この問題を解決するため2017年、坪田氏自ら慶應ビジネススクールに入学、2年間の通学を経て2019年、MBAを取得。

■輸入超過が拡大する医療機器
(参考)医療機器輸入/輸出推移

出所:厚生労働省「令和2年 薬事工業生産動態統計年報の概要」統計データを元にリンクスリサーチ作成

5.医学部ベンチャー育成拠点、「ベンチャー協議会」立ち上げ 2019年

2015年に学校教育法の改正によって大学の責務にイノベーション推進が加わることとなってから徐々に大学発ベンチャーは後押しされる雰囲気になってきていた。2019年、MBAコースを修了した坪田氏は、医学部ベンチャーを育てるべく、慶應義塾医学部の中で「ベンチャー協議会」を立ち上げ。1社あたり100億の外貨を稼ぐ会社を慶應から100社作る、目標を打ち立て活動開始、設立から約3年経った2022年現在までの間に、十数社の企業が既に誕生している。

■ベンチャー協議会の様子(前列中央が坪田氏)

出所:慶應義塾大学医学部発ベンチャー協議会HP

■(参考)大学発ベンチャーの数 2015年学校教育法の改正を更なる弾みとして増加傾向

出所:経産省HPニュースリリースアーカイブより

■(参考)大学別ベンチャー数 数の多い順

出所:経産省HPニュースリリースアーカイブを元にリンクスリサーチ作成

6.上場へ ‐2022年

「ベンチャー協議会」設立に先駆けて立ち上がっていた同社を坪田氏は、後輩起業家のためのロールモデルにしたいという思いを抱いていた。しかし現実的には知名度の低い大学ベンチャーではリクルートもままならない。入社で合意に至った人材でも、最終的に家族の合意が得られずNGとなって採用へ至らなかったケースも重なった。そこで、やはり、良い人材を確保していくためには上場が必要。それに将来的にはボストン等海外へ支社を出す計画もある。上場を決意した坪田氏は2022年6月、それを果たす。

坪田氏が胸に抱く同社のミッションのひとつは、「ごきげん」を世の中に浸透させること。ウェルビーイングな人達が社員の企業は非常に活性していて売り上げが高いというデータもある。「ごきげん」であればある程、人生も豊かになり得る。坪田氏は自らの生き方を通して率先してその姿勢を周囲に示す。

特徴・強み・戦略

1.知財を押さえに行く姿勢

コマーシャライゼーションを行っていく上で同社は最上プライオリティに特許を置き、設立時から、国内外で特許出願を積極的に進めている。

■出願特許一覧(国内)

出所:J-Plat-Patデータを元にリンクスリサーチ作成

下表は、上表をカテゴリー区分したもの。

出所:J-Plat-Patデータを元にリンクスリサーチ作成

中でも、2017年に坪田氏が仮説を発表した、近視抑制効果を謳うバイオレットライト関連は期待が高い。近視は眼軸長が伸びる(眼球の横幅が長くなる)ことで、眼に入る光線が網膜の前方で結像することによって発症する視力疾患。これまで近視進行抑制に効果があるとされる有効な眼軸長伸長抑制の方法はないとされてきたが、太陽光に含まれる光の一種であるバイオレットライトを一定の時間照射した結果、眼軸があまり伸びず屈折値もあまり悪くならないことが分かった。これは、近年新たに発見された、非視覚型光受容タンパク質「OPN5(ニューロプシン)」と称される光受容タンパク質がバイオレットライトを吸収する波長を有しており、このOPN5がバイオレットライトを眼内で受光することで、近視進行抑制効果をもたらすことが示唆される結果であった。


出所:慶應イノベーションイニシアティブ「バイオレット光は非視覚光受容体OPN5を介して近視進行抑制する」

2.基礎研究開始より前にパートナーと契約締結、収益を計上

同社は「ごきげんな経営」を可能にしていくためバイオベンチャーであっても初期から黒字化、をモットーとしている。一般的なバイオベンチャーにおいては「死の谷」と呼ばれる、赤字先行投資期間が数年間継続する場合が多いがそれは避けたい。そこで、基礎研究期間であるフェーズ1に着手する前にマネタイズする方法を徹底している。手法としては、特許・生データ・アプローチに対するメカニズム・英文論文・臨床研究データの5点を極力揃えてパッケージ化したものを携えパートナー候補企業へアプローチ。これによって説得力が備わり契約に結び付くと同時に、初期に一時金や、開発進捗に応じて発生するマイルストーンをパートナーからひきだすことに成功している。

■契約締結交渉に用いるデータパッケージ

出所:同社資料

3.初期から海外展開を視野に

世界的に近視人口が増加することが見込まれるなかで、同社の医薬品・医療機器製品は、国内で販売を開始すると同時に海外での販売も視野に入れている。ただし、国内での治験でしっかり承認を得ることを優先する。海外のCRO(医薬品開発業務受託機関)に丸投げをしても失敗するケースが非常に多いためだという。現在は各パイプラインについて国内で臨床試験、治験を進めながら海外のパートナーとも平行し交渉は行っている。また、2021年からは参天製薬、ロート製薬との間で、アジアを中心とする海外各国販売において独占実施許諾の契約を順次締結を進めている。 

パイプラインとコモディティ販売

1.主軸となる8本のパイプライン

現在同社は、上市へ向けて8つのパイプラインを走らせている。軸とするのはドライアイ、近視、老眼だが、ドライアイに関しては坪田氏が大学の教授時代に複数の製薬会社と様々なアイディアで既に色々と作ってしまったため現状は1本のみ。また老眼分野は現状未着手。最も集中しているのは、成長期の子供が進行しやすく親が非常に注意を払っている、かつ近年患者数が増加している近視分野。バイオレットライト技術を使ったものを中心に現在4本のパイプラインを走らせている。残りの3本は、バイオレットライトが眼科領域外でも有用として研究が開始された、同技術を使用したうつ病や認知症、脳疾患の領域で、こちらに関しては上市が実現すれば眼科領域とはステージが異なり、収益面でもインパクトが期待できる。

■パイプライン(要医薬承認)

出所:同社資料

■(参考)同社の近視抑制へのアプローチ

出所:同社資料

前記の8本のパイプラインから、現在最も進捗度の早いVLメガネ(TLG-001)、そして、脳領域(TLG-005)を下記に1.2.として取り上げる。

1.(コード:TLG-001)近視進行抑制バイオレットライトメガネ

■実物(イメージ)

出所:同社資料

眼鏡のフレームからバイオレットライトを目に照射をすることで近視を抑制する構造。レンズはバイオレットライト透過する効果を持っており、一般的なものに高付加価値を付したレンズという位置づけ。目の血流が改善される効果がある。医療機器として認可を得るにあたって有意差を出す為、近視が最も進行しやすい成長過程にある子供を対象に現在治験を進めているが、効果は大人でも期待できる可能性が高い。現状の予定では2024年末頃に治験が終了し、2025年に解析結果が出る見通し。その後許認可申請を出して半年~1年で承認が得られ、早ければ2026年に販売開始することを目標としている。実際の販売はパートナーであるジンズホールディングスが担う予定となっている。

2.(コード:TLG‐005)脳活性化バイオレットライトメガネ

バイオレットライト効果の代表は目の血流改善であるが、同社は目の血流と同様に脳の血流も改善することを研究によって明らにした。視神経が接続する中枢神経の機能に影響を受けるうつ病治療への効果を期待した研究が開始された。2023年中に特定臨床研究の結果が出てくる予定となっている。

2.コモディティ

薬事承認を必要とする主要パイプライン8本の他、同社は、早期黒字化を達成するべく、薬事承認を必要としないいわゆるコモディティ商品も取り扱っており、既に販売・配信中のものも複数ある。いずれもパートナー企業を通じての販売形態となっている。

■医薬品・医療機器以外パイプライン


出所:同社資料

前表から現在販売中のものを取り上げる。

1.(コード:TLCD-001)バイオレットライト透過メガネレンズ

パートナーであるジンズホールディングスが販売権を持つが、まだ店頭には殆ど出回っていない。2022年初めにVLライト透過レンズについての臨床研究が論文になったため、これをリファレンスとしてこれから販売を加速していこうという段階にある。

■JINSオンラインで現在販売中

出所:同社資料

2.(コード:TLM-005)ロートクリアビジョンジュニア

2018年から数回に分けて、ロート製薬と共同で特許出願している。

出所:ロート製薬HP

3.(コード:TLCD‐018)JINS PROTECT MOIST

乾燥から目を守る、保湿メガネ。2018年5月に関連特許が出願されている。

出所:JINZ HP

4.(コード:TLM-004)オプティエイドDE

複合サプリメントとして販売中。

出所:わかもと製薬HP

業績

収益は、薬事承認が要されるパイプラインに係るパートナーからの一時金及びマイルストーンと、コモディティ製品の売上がその内訳となっているが、コモディティ製品売上分の割合は僅かとなっている。収益の主体となる一時金およびマイルストーンに対応する医療品パイプラインの中でも、TLG-001近視進行抑制バイオレットライトメガネにおけるジンズホールディングスに対する売上、そして、TLM-003強膜菲薄化抑制点眼薬におけるロート製薬に対する売上が、これまで得た収益のメインで、この2本については2023年も引き続き、各社からマイルストーン収益を得ることが決定している。欧州、米の会社ともパートナー締結交渉を進めている他、既存のパートナーと共に新たな地域開拓も視野に入れている。パートナーが見つかっていないラインについては今後、営業等によってパートナーを確保する方針。

2019年3月期において赤字となった原因は、マイルストーン収入のずれであった。医療品パイプラインの初めての上市が見込まれる2025、6年頃までは収益、利益共に緩やかな右肩上がりが見込まれている。

■売上高 営業利益 営業利益率(通期)

出所:同社資料を元にリンクスリサーチ作成

■契約等の件数

出所:同社資料

■売上高 営業利益 営業利益率(四半期)

出所:同社資料を元にリンクスリサーチ作成

2023年3月期に計上される収益として下記が既に確定している。

(1)2023年3月期1Q:ジンズ社からマイルストーンとして200百万円
(対象:TLG-001における近視の小学生を対象とした治験開始に伴う)

(2)2023年3月期第2Q:ロート製薬からマイルストーンとして300百万円
(対象:TLM-003近視進行抑制作用を発揮する点眼薬)

市場の見通しと競合関係

SDKI Inc.(渋谷データカウント)によれば、ドライアイの市場は2022年に67.3億米ドル、2031年までに99.4億米ドルに達すると推定され、2022‐2031年に5%のCAGRで成長すると予想されている。またKenneth Researchのレポートによれば、近視および老眼治療の市場は2019年に178億米ドル、2028年末までに340億米ドルのに達すると予測され、2021~2028年の予測期間中に7.45%のCAGR で成長すると推定されている。このように同社が現在ターゲットとしている、近視、ドライアイ、老眼市場はいずれも世界的に今後伸長が予測されているマーケットとなり、同社のビジネスにとって追い風となることが見込まれる。

■世界の近視人口の推移(上表)、裸眼視力1.0未満の者の割合推移(下表)


出所:オルソンためそHP

同社も開示資料において近視、ドライアイ、老眼各市場の将来的伸長を予測している。


出所:同社資料

また、同社は自社製品の販売先について、国内およびアジアを皮切りに各地へと拡大を予定しており、競合は全世界が対象となり様々な形状、手法の製品が考え得る。例えば、現在同社パイプラインの中で最も上市に近い(TLG-001)近視進行抑制バイオレットライトメガネにおいては、オルソケラトジー(就寝中に特殊な形のコンタクトレンズをつけることによって角膜の形を変えて視力を改善させる近視矯正方法)が競合製品となり得る。

■近視進行抑制バイオレットライトメガネ競合分析

出所:同社資料

また同社は、主要製品別のTAM(獲得可能な最大市場)として下記表の通り予測している。

出所:同社資料

                                      以上

2023年6月27日成長株投資, 銘柄研究所

Posted by usamiseira