クラシコ(442A)日本発プレミアム医療ウェアブランド
1. 快適さを科学する日本発アパレル
2025年、アパレル業界では、快適さと機能性を軸にしたブランドを軸にしたブランドが2社上場した。1社目は、2月に東証グロースへ上場したTENTIALで、リカバリーウェアというカテゴリーを確立した。今回上場したクラシコは、医療従事者に向けて働く時間を支える快適さを提供している。
温かさなどの機能性を追求してきたユニクロが、人々の衣類に求める快適さの基準を引き上げたとすれば、TENTIALや同社が提案しているのは、その次の段階の快適さだと言える。
かつて、着心地の良さといえば、シルクなどの光沢素材を用いた感覚的な表現だった。しかし近年は、鉱石練り込み繊維や遠赤外線放射素材など、素材そのものが人体生理機能に働きかける領域へと進化している。
2. 医療アパレルの進化 白衣から、働く快適服への転換
医療現場におけるユニフォームは、長らく白衣が主流だった。2000年代に入り、感染症対策や勤務形態の多様化を背景に、その在り方は変化していく。
看護師帽の廃止や、スカートからパンツスタイルへの移行に見られるように、服装は儀礼的なものから、動きやすさと機能性を重視する実用服へと進化した。
2010年代以降は、自由診療クリニックや訪問看護など、医療従事者の働く環境が多様化。病院が一括で制服を支給する仕組みが今も中心ではあるが、個人が自ら選んで購入するケースも広がってきた。快適さと表現性が両立する新しい医療アパレルの時代が始まりつつある。この変化を国内で最初に体現したのが同社となる。
3. 日本の強み 素材研究から生まれたリカバリーウェア
日本でリカバリーウェアのパイオニアは、2005年に創業したVENEX。VENEXは創業時から、着ることで副交感神経を優位に導く特殊繊維の研究を大学などと共同で進めてきた。当時、世の中でリカバリーへの意識はまだまだ希薄だったが、そんな中で2009年に最初のリカバリーウェアを開発した。
その少し後、2008年に創業した同社は、衣類の快適さを、職業的な集中を支える力として再定義した。そしてその約10年後に登場したのが、2018年創業のTENTIAL。TENTIALはVENEXが築いたリカバリー概念をより幅広い生活シーンへと浸透させた。
日本には、感覚を信頼できる精度に変えるという文化的な強みがある。例えば半導体産業で、日本勢が世界シェアを維持しているのは、ナノ単位の誤差を許さない精度が求められる素材分野において。
この強みが近年、衣服の分野でも発揮されつつある。VENEXが15年前からスタートさせた研究の流れの上で、VENEXや同社やTENTIALは、分子レベルの素材設計とミリ単位の縫製精度によって、着心地という感覚を定量的に設計している。
また、それを陰で支えているのは、東レや帝人といった高分子素材メーカーが蓄積してきた研究成果であり、それは長い時間をかけて日本が培ってきたものであり、他が簡単に真似ができるものではない。
4. 再始動 海外展開からブランド再構築へ
クラシコは2008年に創業し、医療用ウェアのD2Cモデルを展開。2012年に台湾と米国でEC販売を開始した。2015年にはロンハーマンとのコラボで白衣とスクラブを、2018年にはジェラートピケとのコラボでナース用ウェアを発売。2019年からは病院単位での導入をスタート。2022年〜2024年にかけては全国に直営店舗を展開したが、24/10期に全4店舗の減損処理を実施して該当資産の帳簿価額をゼロとした。2022年には、エランと共同で入院患者向けブランド「lifte」を立ち上げ、24/10期にはこの「lifte」のエラン向け卸売が売上の最大シェアを占めた。
海外展開の本格始動は2024年11月に、香港および東南アジア4か国向けのECサイトをオープン。現在は台湾、香港、シンガポール、マレーシア、タイ、フィリピンで公式オンラインストアを展開し、中国ではECモールへ出展。加えて、中東6カ国では海外代理店を通じた販売を開始。本格的な海外展開は緒に着いたばかりとなる。
5. 売上動向 エランとの取引が支える成長
下の表は、クラシコの売上構成の推移を示したものとなる。
販売チャネル別売り上げ推移(百万円)

24/10期にかけて売上成長を牽引したのは、エランとの取引強化によって前期比で約4.7億円増加した、入院患者向けブランド「lifte」の卸売。エランは病院に理念や患者衣類を供給する企業であり、現在の同社の最大の売上先は医療従事者ではなく患者となっている。
「lifte」以外のカテゴリーの伸びは限定的で、成長ドライバーの偏りが顕著。23/10期まで主力販路であった国内EC販売は10億円近くを売上げており、既に一定の市場浸透を果たしているが、足元では新規顧客層の獲得よりもリピーター維持施策が中心となっており、成長の踊り場を迎えているようだ。
国内の医療ユニフォーム市場では、価格競争型の、病院単位での一括調達が相当程度の割合を占めていると考えられる。この環境下で、同社のような高付加価値プレミアムウェアを提案するブランドが短期にシェアを伸ばすことは容易ではないだろう。医療従事者が、自分の職業を表現する服としてウェアを選ぶ文化が広がれば、同社にとっては追い風となっていくのだろうが。
エランを除く法人向け売上も伸び悩んでいる。ナースウェア販売のアンファミエや医療系ユニフォームのKAZENなどが単価3,000〜5,000円程度の製品を大量に販売している現状を踏まえると、同社が提供する高単価ブランドが市場で存在感を高めるには、なお時間を要するだろう。
伸び悩み局面を突破すべく、同社は2024年以降、アジア市場向けに展開するエントリーモデル「PACK」シリーズを国内でも投入予定としている。「PACK」シリーズは、機能素材などで一定の差別化は維持しつつ、縫製工程などを簡素化して価格を従来より2〜3割抑えたライン。プレミアムブランドが価格を抑えた普及モデルを展開する戦略自体は、ファッション業界では一般的だが、量販ブランドとの差別化が曖昧になりやすく、成功例と失敗例が分かれる領域。「PACK」シリーズ国内展開の今後が注目される。
6. 海外展開 アジア市場で評価される日本的プレミアム
世界のメディカルアパレル市場はCAGR9.2%(クラシコ調べ)で成長しており、クラシコも成長ポテンシャルの高い海外市場への成長を急いでいる。現在はアジア市場を中心に、価格を抑えたエントリーモデル「PACK」シリーズでシェア拡大を図る段階にある。「PACK」は国内でもディフュージョンラインとして展開を開始しているが、アジアでは、日本品質×適正価格という組み合わせが評価されやすく、国内よりもシェア拡大の難易度は低いのではないだろうか。
一方、医療用ユニフォームの自由化先進国である米国では、機能性とデザイン性を両立させたFIGS(2013年創業、2021年NASDAQ上場)が急成長している。同社の差別化は、FIGSがやや軽視してきた素材精度と仕立て技術にあり、国内素材メーカーとの協業によって高品質な製品を維持している点にある。
現時点では、病院による一括調達を中心とした市場構造が続く限り、プレミアムラインが主流化する余地は限られる。ただ、医療現場の人材確保や職場環境改善への関心が高まる中で、働く人が誇りを持てるウェアを整備する流れが生まれれば、同社のようなブランドが今より脚光を浴びる可能性がある。
長期的には、着心地や機能性、そして感性のある品質がより重視される時代が訪れるように思われる。その時、日本的なクラフトマンシップを備えた同社のプレミアムラインが、世界市場でより脚光を浴びるようになる展開もあり得るのではないか。
7. 黒字転換後の構造改革と効率化フェーズへ
以下はクラシコの売上高と経常利益の推移である。24/10から経常黒字に転じたものの、費用面では現在まさに効率化に注力する局面にある。

同社の製品は、デザイン性と着心地の双方を重視した高付加価値商品であり、ユニクロ型の工業的量産モデルにはなじまない。 独自の定番素材「クレメルスーピマ」を中心に、北陸メーカーなど複数の機能素材メーカーと共同開発した高密度ストレッチ素材を採用しており、人の技術に依存する工程が多い。そのため、製造ロットを増やすほど品質維持コストが上昇し、スケールメリットが働きにくい。
そうした中で、2025年1月に日鉄物産・三井物産系のMNインターファッションと資本業務提携を締結。今後は同MNインターファッションのネットワークとノウハウを活かし、品質を損なわない範囲で段階的な効率化を進める方針を掲げている。具体的には、海外協力工場での一次検品完結化、海外倉庫の活用による物流効率化、仕入先工場の集約・生産ライン共通化によるスケールメリットの創出などである。
なお、「PACK」シリーズを通じた計画生産体制はすでに整備済みで、短期的なコスト削減余地は限定的だが、MNインターファッションとの提携によって、中長期的な粗利改善が期待される。
実店舗については、24/10期に全4店舗の減損処理を実施しており、旗艦店モデルが当初想定した採算水準を得られなかったことがうかがえる。今後はOMO型のブランド体験拠点として、採算よりも顧客接点価値の最大化を優先する方針とされるが、家賃やスタッフ人件費など固定費負担は残る。これらの拠点をどのように位置付け、運営効率を確保していくかについては、まだ模索段階にあるとみられる。
8. 上場で広がる挑戦 資本形成と海外展開資金の使い道
上場前のクラシコには、エランおよびMNインターファッションの2社から、事業提携を伴う出資が行われた。
エランとは2020年3月に資本業務提携を締結、同社の普通株式を取得し、5.5億円を出資。2023年6月には第三者割当増資を通じてA種優先株式(推定金額7.8億円)を引き受け。翌2024年6月には追加でA優先株式第2回(推定金額4.8億円)を引き受け、持分割合41.3%(議決権ベースでは14.9%)に到達。
また、2025年2月28日には繊維商社のMNインターファッションと資本業務提携、同社を引受先とするB種優先株式を第三者割当増資(約5億円)により発行した。
2025年8月の上場申請時には、A・B種優先株式、およびエランが別途保有していた転換社債型新株予約権付社債を普通株式へ転換。転換後、エランの議決権所有割合は33.3%へ上昇。これにより同社はエランの持分法適用会社となり、同時にエランを傘下に持つM3グループの孫会社となった。MNインターファッションの議決権所有割合は8.5%となっている。
今回のIPO構成は、売出株数はゼロで、既存株主の利益確定を目的としたものではない。公募による調達金額が約2.83億円。
調達資金のうち約半分の約1.36億が海外展開関連費用に充当される計画であり、その内訳には人材費、配送費、出張旅費といった運営費が含まれ、現地拠点の整備や販路基盤構築を目的とした投資とみられる。
上場時の時価総額は約24億円の想定だが、IPO初日は71.3億とかなり跳ねた。売出がゼロで市場に出回る株が少なく需給がタイト、結果、初日から需給主導で値が飛んだものとみられる。
筆頭株主は創業者の大和新氏が(36.89%)。次いで、エラン(30.48%)。続いて、MNインターファッション(8.5%)の構成となる。
以上
【免責事項】
本レポートは投資勧誘や特定の金融商品の売買推奨を目的とするものではありません。記載内容は信頼できる情報に基づいていますが、その正確性や完全性を保証するものではなく、将来の見通しも作成時点の判断にすぎません。本レポートに基づく投資判断はすべて利用者ご自身の責任で行ってください。なお、本レポートの著作権は筆者に帰属し、無断での複製・転載・引用は禁じます。掲載・引用を希望される場合は、事前に筆者の許可を得てください。

ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません