🔹IPOシリーズ【2025年10月3日上場】オーバーラップホールディングス(414A) PEファンド主導で上場へ:のれん依存とIP戦略の行方

アニメ化・ゲーム化で数十億円規模に化ける可能性を秘めた自社IP。だが、裏にはファンド主導のLBOスキームや借入リスクが潜む。オーバーラップの挑戦を読み解く。

1. クロスメディアを志向する小規模レーベル

同社は、「涼宮ハルヒの憂鬱」を世に送り出したライトノベルの有力出版社、メディアファクトリーの出身メンバーが設立した。2011年にKADOKAWAがメディアファクトリーを完全子会社化した際に、同社の社員数名が独立したことをきっかけに設立された。

設立から2年目に、自社初となるライトノベルレーベルを創刊。以降は、獲得したIPを漫画化し、二次利用の裾野を広げてきた。ライトノベル業界では「ライトノベル → 漫画化 → アニメ化」というクロスメディア戦略が常套手段だが、同社はまだアニメ化作品は手掛けていない。

競合との差別化要素は、KADOKAWAなど大手出版社が拾いきれないニッチ領域(=大手の審査基準ではOKが出ない尖った設定や成人向け要素を含むもの)をスピード感をもって取り込む姿勢にあるといえる。

2. 飽和するラノベ市場と成長への次の一手

日本独自の文化であるライトノベルの萌芽は、1970〜80年代に角川書店が打ち出したメディアミックス戦略にある。格式高いイメージの強かった映画界に、角川は娯楽性の高い小説を映画化して参入。書籍と映画を同時にプロモーションすることで話題を生み、「セーラー服と機関銃」などの大ヒットを出した。

1990年代にかけては次のステップとして、小説の漫画化が試みられた。この時に、漫画の原作としての小説というカテゴリーが出来上がった。イラストを豊富に使い、若年層を中心に読みやすい文体で書かれたエンタメ小説で、これが「ライトノベル」と呼ばれるようになっていく。それ以降ライトノベルが1つのジャンルとして確立していった。

2000年代に入るとライトノベル業界では、大手のレーベルが主催する新人賞制度を通じて多くの作家が輩出されていく。しかし一方で、編集部主導の作品づくりはライトノベルの画一化を招いていった。

そこからの転機となったのが、2004年に開設された小説投稿サイト「小説家になろう」。読者による評価が可視化され、新人賞では発掘されにくかった才能が表舞台に。こうしてWeb発の作品が次々と商業化されていくようになった。

このように成長してきたライトノベル市場だが、現在このマーケットは、国内では飽和状態にある(出版科学研究所「出版月報」統計)。すなわち今後、マーケットが伸び悩む中で同社が今後も成長していくためには、本格的なクロスメディア展開にリスクマネーを投じる必要がある。IPOへ至る背景にはそうした事情があっただろう。

3. LBOスキームとPEファンドの出口戦略

同社のIPOは、PEファンドの日本企業成長投資によるLBOスキームを通じた投資案件。2020年7月、日本企業成長投資が組成したファンドがSPCを通じて同社の全株式を取得し、創業株主を含む資本構成を再編した。

この時の取得規模は約120億円で、そのうち約77億円と多額ののれんが計上された。これは、同社の事業価値の大半が知的財産であるIPに依拠しているためだろう。また買収資金の一部として、約79億円の長期借入金が組成された。

2025年10月のIPOでは新規発行は行われず、既存株主による売出のみで総額145億円を市場に放出する予定。内86%が日本企業成長投資、14%が創業株主分を占める。株式公開後、日本企業成長投資の持分は全体の14%に低下する見込み。日本企業成長投資にとっては、買収時の投資額との差し引きで約100億円前後の収益をすでに確保しており、IPO前にほぼ出口を達成したものと見られる。

4. のれん依存と借入金返済リスク 

SPCによる取得時に組成された長期借入金について、同社は現在、年間約4.86億円の元本返済と、平均利率1.34〜1.41%の利払いを継続している。この返済ペースが続けばあと13年程度で完済する計算になる。元本返済と利息の合計で直近では営業利益の約18%(24/08期)に相当し、現状では返済余力に問題はない。

しかしリスクシナリオを考えると、例えば主力IP売上が1割減少した場合、営業利益ベースで数十億円程度の押し下げ要因になり得る。仮にこうした事態が続けば、返済余力が削がれると同時にのれんの減損圧力とも連動する可能性が高い。

またこの借入契約にはコベナンツが設定されていることも無視できない。その内容は、純資産が資本合計の70%以上または30億円以上であることおよび営業利益の黒字確保となっている。

同社の場合、のれんが総資産に占める割合が42%(24/08期時点)と高い。仮に主力IPの減速による減損が計上されたりすれば直ちに条項違反になりかねず、その場合は借入金の一括返済が金融機関側から求められることになる。このようなリスクが潜むことは認識しておく必要はある。

5. 1作品1億円超:成長余地を残すIPポートフォリオ

同社の売上の中心は、自社で発掘して世に出す自社IPであり、その中でも売れ行きの良いIPを「主力IP」として主要KPIに設定している。主力IPの数は近年、順調に拡大してきている(下表参照)。

主力IP売上高の全体に占める比率は、直近では70.6%(23/08期)から75.3%(24/08期)へ上昇しており、この推移を見る限りでは、自社で有力IPを創出する力が強まっている。

また、過去4年間の主力IP1つあたりの売上高は1.08億円〜1.2億円の範囲にある(21/08期〜24/08期)。これはライトノベル業界の水準感でいえば、コミック化に成功した中堅レーベルのヒット級に相当する。ただ、数十億ヒットのKADOKAWAビッグタイトルのような規模と比べると小さい。

ライトノベルの原作出版社においては、アニメ化で数〜数十億、映画化で数十億以上、ゲーム化で数百億円にまで成長する事例も存在する。同社も、主力IP群の中からアニメ化以降へ進展できる作品を生み出すことで、現状の数倍以上の売上を得る可能性がある。その方向性を志向しているのだろう。

6. 他社IP依存からの脱却

創業直後の同社は、不安定要素を抱える自社IP売上とは別に、安定した収入源としてポケモン攻略本を代表とする他社IPを活用し、売上を確保してきた。その際にはIP出版権を取得し、2年の償却期間で減価償却を計上していた。この減価償却費が利益を圧迫しており、売上に対する割合は22/08期に19.8%、23/08期でも15.7%に及んでいた。

今注目すべきは、24/08期においてこのIP出版権の残高が0になった点。そのことによって25/08期には当該減価償却費が計上されないため、今期の業績予想では利益率が約10%上昇する見通しとなっている(下表参照)。

これが意味することは、同社が主力IPを創出する力を高め、他社IPの人気に依存しない自立的な収益構造を築きつつあると同社が判断している現れだとすれば、今後は、自社IPのみを基盤とした高い利益率を見込めることになるということだろう。

以上

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Posted by usamiseira