コラム 高配当銘柄に思う。最適な配当性向の考察

2018年8月29日

数式について

このコラムでは止むを得ず数式を用いている。読み飛ばしてもらっても結論だけが書いてあるので、気にしないでほしい。投資にとって重要なことは、計算能力ではなく、潜在的な社会のトレンドを受け取る感受性の豊かさであると思う。

そして、かっこいい経営者を信じること。楽観的に将来を信じる自己肯定力。それらの方が計算能力よりも格段に重要である。だが、コラムでは、必要上、数式を乱発する。

(本音:そうはいっても、最低限のリテラシーとして、数学を地道にマスターすることは無駄にはならない。苦手であればあるほど、数学の持つ突破力が必要になる場合がある。すなわち、投資家にとっての数学とは、実務であり、二つの案件があって、どちらがお得かを計算するための道具にすぎない。これについては、投資家のための数学入門というYou-tubeの無料講座を開講しているので参考にしてもらいたい)

JT(2914)の高い配当利回りについて

週末に配当課税について少し考えていた。

JTの配当利回りが高いといっても、5%程度である。

だが、実際には配当課税というものがあり、手取りは配当の八掛けだ。

一方で、値上がり益についても、キャピタルゲイン課税があり、同様に20%だ。連続複利ではexp(rt)が連続複利利回りでt年間運用した場合の元手の殖え方を意味する。

rt rt=0.5 rt =1 rt=1.5
exp(rt) exp(0.5)=1.64 exp(1)= 2.72 exp(1.5)=4.48

 

投資家にとっては高い利回り r で長い運用期間 t の積である rt を大きくするようなことを考えればよい。

JTの場合は、r=0.049(連続複利)として、10年でrt=0.49であるから、配当の再投資によって、株数はexp(0.49)=1.63倍にできる、はずである。課税がなければ。

しかし、実際は、20%の配当課税がのしかかるため、exp(0.049×0.8 x 10)=1.48倍にしかならないのである。だが、1.48と1.63の比率は1.1倍であり、キャピタルゲインの課税後(1.63-20%x .63 = 1.50)よりも小さいことがわかる。

それではどういうときに、キャピタルゲイン課税と配当課税とがそれぞれ有利になるのか、について少し考えていたというわけだ。

配当原資を内部留保してもらい、後で、まとめて配当する方が有利なるのであれば、そうありたい。

そこで、

1)配当課税を毎年してexp(0.8yt)で株数が増える場合

2)配当を内部留保し、まとめて配当をt年後に出す場合、つまりexp(gt)-0.2(exp(gt)-1)=exp(0.8gt)+0.2の場合

1)と2)とどっちが大きいのかを比べてみよう。

yは配当利回り。gはBPSの成長率とする。

評価 0.8exp(gt)+0.2 -exp(0.8rt)はどんなときプラスになる?

2)から1)引いて残り物をチェックしよう。2)はどんなrtのときにプラスなのか。

評価不等式

を変形していく。

途中経過なく、結論は、

g > r のとき、評価式はプラスになる。

あまりにも当たり前のことである。

税率はあまり関係ないことがわかる。

成長株投資を基本とするわたしは、株価を基準にしないで、配当成長やBPSの成長を投資の基本にしている。

その場合、r=ROEとして、それを内部留保すると、社外流出し配当として出す場合とどちらがお得か、ということになるが、明らかに内部留保が得である。

なぜかというと多くの成長株の場合、配当利回りは雀の涙である。

配当を再投資しても株数の増えるペースは遅いのだ。

(JTの場合、exp(yt)のペースで増える, y:配当利回り)

たとえば、ROE=0.3(30%)の会社が競争優位で5年程度は大丈夫、というケースは多数ある。ROE x t = 0.3 x 5 = 1.5 となる。

すると全額内部留保でBPSが1.5倍になる。ROEが高い企業群はどんどん内部留保しなさい、ということになる。

ROE 15%のJTはどうなのか?

ここで、JTに戻ると、JTのROEは0.15程度だ。

タバコは20年先もきっとあるだろう。法律で禁止すると税収が減ってしまうのでどんな政府も禁止にはできないだろう。タバコの歴史は古く、何百年どころじゃない。こんなに歴史があるものが人間の体に悪いとは。きっとタバコというより、ストレス社会のストレスの方が害悪の度合いは大きいのだろう。

ここで、話はBPSの成長スピードになる。

配当しないで全額内部留保にした場合、JTの場合、BPSは t年後にexp(ROE x t)倍になっているはずだ。t=7年後としようか。exp(.15×7)=2.87倍である。

もちろん、ROEが7年間、維持された場合だ。

投資家はこれをどう解釈すべきか。

BPSの成長率は(1-配当性向)xROEであり、それをgとする。

市場の評価が変わらないとすれば、exp(g x t)なキャピタルゲインの期待を意味する。(BPSの成長でPBRに変化がない場合を想定)

JTの場合は、配当性向60%として、内部留保40%なので、

BPSの成長は、g= ROE x 内部留保率 = 0.15×0.4= 0.06

10年保有では1.6倍にBPSになるペースだ。

また、JTの保有者は配当を再投資できるので7年で保有株をexp(yt)=1.4倍にできる。投資家の再投資による株式数の増加とBPSの上昇によるキャピタルゲインの増加の掛け算で2.2倍程度の税前リターンが期待できる。課税後では、株数の増加は1.3倍、キャピタルゲインが1.48倍なので1.9倍がリターン。年率リターンに換算すると、1/7 ln(1.9)=0.091となり、年率9%のリターンが税引後で期待できる。

つまり、ROE15%の課税後は12%となるはずが、そうならないロジックは、JTのPBRの高さにある。ROEとはBPSに対する利率であり、投資家側の再投資利回りはPBRの逆数で不利になる。ROE x 配当性向 x PBRの逆数が投資家側の再投資利回りになる。これはPERの逆数に配当性向をかけたものと一致する。

JTの場合、ROE x 配当性向 x PBR逆数 = 15% x 0.6 x 1/2 =4.5%が配当利回りになっている。PBRが高いと、投資家側は配当をされても有利に運用できない。事業収益性の方が配当利回りより圧倒的に高いのだから、収益性の高い会社は内部留保で事業規模を拡大してくれたほうが投資家は好都合だ。

配当性向のトレードオフ

実際は、JTの配当性向は60%程度であり、極めて高い部類である。

それでは、配当よりも、内部留保を重視する派閥ならば、こういうことを考えるだろう。

JTの配当性向を変えることでトータルのリターンは投資家にとってどうなるのか。JTのPBRは2倍程度である。配当性向

だから、

ROE  x 配当性向 = E/B x 配当性向

はそのまま投資家には入らないで、PBR(=P/B)の逆数(B/P)である1/2をかけたものしかリターンにならない。(E=EPS, B=BPS, Pは株価)

(課税前)

インカムゲインは、保有株数の増加に寄与する。

株数はexp(t x ROE x 配当性向 x B/P)で増える。

E/B x B/P x 配当性向 が配当利回り(課税前)である。

一方で、BPSはexp[(1-配当性向)x ROE x t]で増える。(課税前)

BPSの上昇は株価の上昇に寄与する。

課税まで考慮すると、

exp(t x ROE x 配当性向 x B/P x 0.8) x [0.8exp(txROE(1-配当性向))+0.2]が投資家のリターンであるから、結果だけ書けば、B/P > 1のとき、配当性向はリターンにプラスに寄与することがわかる。 P/B = PBR < 1のとき、配当性向は高くなればなるほど、投資家利益に寄与するのだ。

JTの場合は、PBR =2 で、1より高いから、配当性向は高すぎるのだ。

PBR1倍未満は配当性向を高めることで投資家のリターンは増える(投資家側の再投資利回りが企業の資本効率より高い)

逆にPBRがある程度高い場合は(ROEが同様に高いので)、長期に渡る内部留保の方が投資家の利益に適う。

配当性向を減らすと、短期の株価は減配により下がるかもしれない。

が、長期のBPSの伸びや、新規事業の拡大によってタバコ事業の低い評価は徐々に覆るかもしれない。もちろん、経営者に力量やMAの眼力がないとダメだが。

配当を再投資しない場合の最適配当性向

課税のことをとやかく書いたが、本来、利益に課税して、さらに配当にも課税するというのは二重の課税であり、配当課税は好ましくない制度である。

それはおいておいて、日本では、インカムゲインのことはほとんど投資家は気にしない。気にするのはキャピタルゲインのみだ。

そこで、キャピタルゲインだけが目的の投資家を想定しよう。

配当性向を p とすると、EPS x p が一株配当になる。

この一株配当を増やすには、pをあげればよい。

ところが、pをあげると内部留保される利益が減ってしまい、企業の再投資水準が低くなる。

一般に(1-p)ROEが配当成長率 g というものである。

成長率を下げて目先の配当をあげるか、成長率を高めるために目先の配当を下げるかは経営判断である。

最適な配当性向 p を計算しよう。

E p exp[(1-p) ROE x t]が t 年後の配当のもっともありえそうな姿である。

もちろん、将来のROEが維持された場合だ。

さて、p=0のとき、上の式の値は0であり、p=1のとき、値はEであるから、上記の式は0から始まり、Eまでは到達する関数と見ることができる。よって、上の式 E p exp[(1-p) ROE x t]をpで微分してゼロになる点があれば、その点が値が最大になる点である。

やってみよう。

(E p exp[(1-p) ROE x t])’ = E exp(..)  – E p ROE t  exp(…)なので

微分=0 とは、E(1-p ROE t) exp(…)=0となるpである

exp(..)は必ず正の数だるから、この微分がゼロになるというのは、

1-p ROE t がゼロになるときである。それは、配当性向 p = 1/(ROE x t)のときだ。

経営者の方であれば、ROEを長年に渡り維持することが株式価値を最大化するこをわかっているだろう。

「ROE x その持続年数」とは、経営目標の指標になりえる。

たとえば、JTが60%を配当性向と決めている場合、

彼らは逆にROE x tを1/0.6= 1.67と見ているということを意味する。

ROE x t = 1.67

いま、ROE 15%ならば、t= 11年である。

あるいは、ROE20%を目指すならば、1.67/0.2=8.35となり、

次の5年間でROEを向上させ、その後は安定させよう、ということでも、

ROE x t = 1.67を維持できる。

少なくとも収益性を現状維持しようとするならば、JTの経営者は11年間、ROEを維持すべく経営の長期のプランがあるとよいだろう。

さすがに、3年、そして、その先3年というローリングでは物足りないぞ。

10年程度の長期プランがあって、ROEを維持する決意があって初めて、彼らは高い配当性向を正当化できるというわけだ。長期のプランを持たないならば、ROEを向上させることが求められるだろう。

その場合、いまの6割が最適な配当性向の水準だよと投資家に堂々と説明できるのだ。

JTのような専売の場合、やろうと思えば、ROEはもう少し高くできるはずである。海外の大手の指標を見ればなおさらである。

長い時間軸の経営方針がない場合は、短期でROEを底上げするという戦略が好まれる。その場合、BPSの成長率も高まり、BPSが増え、PBRもROE向上により上昇するだろう。投資家はキャピタルゲインが大いに期待できる。

経営者が現状維持でよい、だが、その期間の最大化を狙うなら、配当性向は高くてよい。

企業の永続性と短期の収益力をどちらも狙うという戦略もありえる。

投資家といっても、立場はそれぞれだ。オフショアファンドで運用している投資家の場合、課税は考えなくて良い。だから、課税される投資家より割高なものが買える。また、インカムゲインを浪費する投資家の場合、再投資による保有株数の増加は考慮されない。短期の投資家もいれば、長期の投資家もいる。

最適な配当性向といっても、投資家のとる立場によって、変わってくるのだ。

そして、仮に、配当課税をなくした場合、企業は、配当を出そうが内部留保しようが、トータルの投資家のリターンは、まさに、exp(ROE x t)へと一歩近づく。

キャピタルゲイン課税を残し、配当課税をやめると、配当に出した方が投資家が有利だから、株価が2割上昇することが期待できる。

投資家のための数学入門 ビデオ (無料)

中学の数学からの復習として、投資家のための数学入門講座を10程度揃えている。今後もどんどん増えていく予定だ。質問があればドシドシお願いします。

You-tubeで公開しています。

https://www.youtube.com/channel/UCa4DnQ38n6nPRNyAan4pu_A?view_as=subscriber

その1

PC一発どりで、乱暴なビデオだが、数学の基本を丁寧に説明しているつまりだ。

本日の話題は、過去収録のビデオを原稿に直したものです。

 

 

2018年8月29日成長株投資の理論と分析手法

Posted by 山本 潤