🔹IPOシリーズ【2025年10月16日上場】テクセンドフォトマスク(429A)【前編】 2nm競争とCHIPS法が動かすフォトマスク新時代
TOPPANホールディングスからスピンアウトしたテクセンドフォトマスク。
同社は、世界各地に生産拠点を持ち、顧客工場の近くで供給を行う体制を整えている。
半導体サプライチェーンの再編が進むなか、フォトマスク需要の変化に対応するための上場である。
本稿(前編)では、フォトマスク市場の構造変化と同社の事業ポジションを、CHIPS法やEUV対応技術などのマクロ視点を踏まえて整理する。
IPOや資本設計の詳細については、【👉後編はこちらhttps://note.com/dejire/n/n8347a414ccc5?app_launch=false】で解説する。
1. 2nm開発競争が牽引するフォトマスク外販市場の拡大
今回のIPOは、TOPPANホールディングスの子会社である半導体材料メーカー、テクセンドフォトマスクが、親会社の支配を維持したまま上場する親子上場型の案件である。
同社が扱うフォトマスクは、数百に及ぶ半導体製造工程の中で、回路パターンをシリコンウェハ上に転写する際に使われる設計図の原版にあたる。この原版に微細なゴミや傷があれば製品チップの欠陥に直結するため、フォトマスクは後工程以上に高い精度と清浄度が求められる分野である。
フォトマスクの供給には、半導体メーカーによる内製と、専門メーカーによる外販の2種類のルートが存在する。外販市場は全体の約4割を占め、そのうち同社のシェアは約39%で世界首位。2番手のPhotronics(米)と拮抗し、3番手に国内のDNP、その他上位には新興中国勢が名を連ねる(同社目論見書、Photronics Form 10-K 2024ほか)。
現在、半導体市場は2nm世代のチップ製造をめぐる開発競争が活発化している。フォトマスク分野でも、2nm世代チップに対応可能なEUV(極端紫外線)マスクの開発投資が加速しており、2024年の世界フォトマスク市場は前年比2.3%増の約55.6億ドルとなった。このうち外販市場は約6.1%と内製を上回っている。背景には、半導体メーカーがEUV対応ラインへの投資を優先し、レガシー半導体を外販メーカーに委ねる動きが強まっていることがある。2025年も全体市場+5.3%、外販市場+6.1%と堅実な成長が見込まれている(SEMI Market Data、DNP推計、同社目論見書)。
中長期には、2030年までに年率5%以上の成長が確実視されており、EUV対応を含む高精度領域をすべて取り込んだ場合には10%前後の拡大シナリオも想定される(SEMI Market Data 2024、DNP推計、Future Market Insights 2024、Grand View Research 2024、同社目論見書)。
2. 米中貿易摩擦→先端半導体の安全保障リスクの顕在化
フォトマスク市場の拡大を支えているのは、最先端EUVマスクの開発需要だけではない。その背景には、地政学的要因も存在する。
v2018年の米中貿易摩擦を起点に、米国は安全保障上の観点から中国への規制を段階的に強化してきた。2022年の「Advanced Chips Rule」では、先端半導体の製造工程に関わる装置・技術・人材の移転を包括的に制限。その後は、安全保障上の同盟関係を持つ日本や、世界最大の露光装置メーカーASMLを擁するオランダも、米国に呼応して輸出管理を厳格化している(日本は2023年に半導体製造装置23品目をライセンス制へ移行)。
こうした動きを受けて、中国を筆頭に主要国では、自国および同盟国内で設計から製造までを完結させる動きが加速している。各国では新規工場の建設が相次ぎ、生産拠点の細分化が進行。これによりフォトマスクの供給先が地域的に広がっている。
3. 2nm時代に向けたEUV開発と量産体制の構築
フォトマスクメーカーは、マスクの製造販売にとどまらず、半導体メーカーとの開発・試作段階における検査受託やプロセス評価支援も手掛けている。この検査受託分野の市場規模は、フォトマスク市場全体の約15〜20%程度に相当すると推計される。
同社は現在、IBMおよびimec(欧州最大の半導体研究機関)と2nm対応 EUVフォトマスクの共同開発を進めており、低屈折・高吸収材料など次世代マスクに用いる新素材開発にも取り組んでいる。また、これらの取り組みで得た知見をもとに、EUVフォトマスク後工程(検査、修正、欠陥判定、ペリクル着脱など)の技術構築と、将来的な量産を見据えた量産体制の整備も進めている(同社目論見書、Future Market Insights, Photomask Inspection Market, 2024; Grand View Research, Photomask Market Report, 2024)。
4. グローバル展開で築いたフォトマスク供給網
TOPPANホールディングスは、1961年にフォトマスクの試作に成功して以来、半導体分野を自社の中核事業の一つとして育ててきた。1968年には埼玉県朝霞市に量産体制を構築し、1970年には滋賀工場を竣工。
1990年代後半以降は、グローバルな生産・供給体制の拡充を加速させている。1997年には、台湾のTSMCが拠点を置く新竹サイエンスパーク近郊にサプライ拠点を設立。2004年には中国科学院の研究機関SIMITとの共同出資で中国子会社を設立し、2014年に完全子会社化、2015年に新工場を建設した。2005年には、当時フォトマスク世界シェア首位だった米国DuPont Photomasks Inc.を買収し、米国・欧州・台湾の生産拠点を継承。
2019年には、米国テキサス州に子会社を設立。GlobalFoundriesが自社生産用に運用していたフォトマスク製造ラインを譲り受けて、外販拠点として再編。現在は同社を含む米国内の半導体メーカー各社への供給拠点として機能している。
市場全体では、2000年代以降、欧米の中堅フォトマスクメーカーが相次いで事業を縮小・撤退する一方、台湾・韓国・中国の半導体メーカー各社が内製化を進めた結果、外販市場は現在、同社と米Photronicsの2社で大半を占める寡占構造となっている。
5. EUV量産への300億円投資と意思決定の加速
同社のR&D比率(研究開発費÷売上収益)は毎年1%未満と、半導体業界全体の中でも極めて低い水準にある。装置・設計メーカーで10〜20%、素材・部材メーカーでも数%程度が一般的であることを踏まえると、同社は自社単独での研究開発よりも、半導体メーカーとの共同開発を通じて技術検証を担う立場にあるといえる。開発費の多くを顧客側が負担しており、同社は量産前の試作や検査段階に強みを持つ。
一方で、有形固定資産の取得額は近年急増している。CAPEX比率(有形固定資産取得額÷売上収益)は、2023/03期の7.4%から2024/03期に15.8%、2025/03期には26.0%へと上昇。2024/03期には既存拠点の更新および整備に約170億円を投じ、直近の2025/03期には、マルチビーム描画装置などEUVフォトマスク向け生産設備の導入に対して約300億円を投資。これは、2nm世代チップに対応するEUVマスクの量産体制構築を狙ったものとみられる。
ここ3年間にわたる設備投資の増額は、レガシーフォトマスク対応のための既存技術の維持と、EUV対応を見据えた先端技術への布石の両立という狙いがある。また、TOPPANホールディングスからの独立によって、投資判断や意思決定のスピードも増している可能性もある。
6. DNPも300億円を投資、量産技術確立で市場拡大へ
国内では同社の他に、大日本印刷(DNP)も2nm世代EUVフォトマスクの量産技術確立に向けた体制構築を進めている。2026年度からの3年間で半導体フォトマスク関連に約300億円を投資する計画を掲げており、2027年度の量産開始を目指す。2028年度の半導体フォトマスクの売上高は、2024年度比+15.5%の759億円に拡大する見通しである(IR Day 2025資料)。
ただ、同社とDNPでは顧客構造が異なる。DNPはRapidus(日)やSTMicroelectronics(仏伊)などとのパートナーシップを通じて、EUVフォトマスクおよびNILテンプレートの共同開発を中心とする顧客関係を構築している。このため現時点では、両社の顧客層は重なっていない。しかし今後、EUVフォトマスクの量産技術が確立し、外販領域を拡大する局面に入れば、両社が直接競合する可能性もある。(IR Day 2025資料)。
7. 中国が売上の筆頭だが、今後は揺らぐ可能性も
下表は、同社の地域別売上高の推移を示したものである。

中国が筆頭となっているのは、中国が、2018年以降に強化されてきた米国からの輸出規制を背景に、国内での半導体製造拠点の整備を急ピッチで進めているためである。2023〜2027年に新設される半導体工場の約4割が中国に集中するとされるが(SEMI「World Fab Forecast 3Q23」)、製造能力の拡大に対してフォトマスクなど製造基盤の整備が追いついていない。
一方でリスクとして、今後フォトマスクそのものの対中販売が規制対象となる可能性がある。現時点でフォトマスク専業メーカーの販売停止事例は確認されていないが、2023年にはオランダ政府がASML社による中国向け露光装置の輸出ライセンスを一部取り下げた例がある。フォトマスク製造は露光装置や高純度材料、設計技術など複数の先端技術に依存しており、規制強化が同社の供給体制に波及するリスクは否定できない。
高度マスクほど規制対象となりやすい装置や部材への依存度が高く、供給網が寸断されやすい。このため、中国ではフォトマスクの国産化は進みにくく、外販依存が今後も続く可能性が高い。
8. 半導体投資ラッシュが生むフォトマスク需要の新局面
また同表(同社の地域別売上高の推移)において、日本市場のシェアは小さい。国内には半導体メーカー自体が限られており、需要は限定的である。しかし、政府主導の先端半導体プロジェクトであるラピダスの進展や、TSMCによる熊本第2工場の建設などの動きがもし具体化していけば、国内でもフォトマスク需要の底上げが見込まれる。
その際に鍵となるのが、同業のDNPとの関係性である。DNPはRapidusやSTMicroelectronicsとの協業を通じてEUVフォトマスクの共同開発を進めており、もし日本で先端半導体の量産体制が具体化すれば、両社が国内市場を分け合う形で競合関係を強めていく可能性が高い。
他地域に目を向けると、米国・韓国・台湾・欧州向けの売上はいずれも直近で増加傾向にある。2022年のCHIPS法を契機に、各国で半導体製造拠点の新設や拡張が相次いでおり、米中対立を背景に、サプライチェーンを米国およびその同盟国の間で分散させる動きが進んでいる。これによって、フォトマスクの供給先が増えている。
そして根底には、半導体が今やAIをはじめあらゆる産業の基盤となり、社会や経済を支える不可欠な存在となっているという構造的な要因がある。
9. 地域戦略としての固定資産配置
下の表は、同社が保有する有形固定資産の地域別推移を示したものであり、各地域における投資配分の変化を確認できる。

各地域に生産や開発拠点を持ち、顧客工場に近い場所で製造・供給を行う現地生産体制を確立していることがわかる。
地域別構成では、台湾が金額ベースで最大となっている。TSMCなど主要半導体メーカーが集積する地域であり、先端フォトマスク製造や検査に対応する設備投資を重点的に実施していることが要因と考えられる。
日本も一定の資産規模を有しているが、国内の顧客需要が限定的であるため、量産よりも試作や技術開発に軸足を置く拠点と位置付けられている。
中国や韓国は売上規模に対して固定資産が相対的に小さい。これは、最先端EUVなどの研究や試作を行うための前工程設備を持たないためであり、レガシープロセス向け量産の供給拠点としての性格が強いと考えられる。
米国では、2019年にGlobalFoundriesの内製マスクラインを、最先端EUVなどの研究や試作に対応できる前工程設備ごと引き継ぐ形でテキサス州に拠点を設立した。製造と開発の両機能を備える体制を構築し、北米におけるフォトマスク外販体制の中核を担っている。
また下表は、売上高と営業利益率の推移を示したものとなる。

以上
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